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ICONIC / アイコニック ⑤

 昼食を済ました俺たちは、未だ混雑しているカフェテリアからなんとか脱出した。教室までの道のりは長い。
「中辛はどうだった?」
「二度と食べたくねぇ」
「だから言ったのに。“学食の中辛なんて大したことない”、だったっけ?」
そんな冗談を言いながら、俺たちは上階へとつづく階段に差し掛かった。
「もうすぐ発売のTHT、なんかいいのあるか?」
機嫌取り、ではないがあからさまに拗ねている武村を元気づけようと、話を振ってみる。
「そうだなぁ…あんまりないかな。ただ…」
「ただ?」
「いじめっ子が好きそうな事故があったんだよな。ついこの間にな。正式に発表されたのは昨日」
「事故?どこでだ」
「“ボルト”っていう三流クローン開発企業。性能もイマイチ、才能もまあまあ、値段も安いと庶民的な企業さ」
前を見ず話しながら歩いてくる三人組を避けながら、話を続ける。
「どういう類の事故なんだ?爆発、とかか?」
「“いじめっ子が好きそうな”話題だ」
「なら、クローンの開発上での欠陥、か?」
「その通り。国際クローン開発制御機関の調査部による調査で、今まで販売されてきた“ボルト”のクローンに遺伝子的欠陥が見つかったんだと。THTと相性の悪い脳の構造に成長と共になってゆき、THTと体の一部を換装するとTHTを制御する専用神経シナプスを劣化させるクローン特別細胞を自動生成しちまうんだ」
もう間も無くT字路に差し掛かる。そこを右に曲がれば教室まであと少しだ。
「“いじめっ子が好きそうな”話題だったな。なら、その“ボルト”のクローンが一度換装したTHTを外して他のクローンに換装させると、そのクローンになんらかの悪影響が起こるとかなのか?」
「ああ。THTの中に残留している専用神経シナプスの中にクローン特別細胞が入ったままになることがあるらしくてな。それが逆流してクローンの体内に入ると、神経伝達を妨げたり最悪の場合脊椎が損傷するんだ」
もう間も無く教室、というときにとある声が聞こえてきた。
「お前ら、確か“ボルト”のとこのクローンだよなぁ?」
「マジで?ありえねぇわ。お前らTHTつけんなよ。俺ら上位クローン様のためになぁ!」
ゴッ、と何かがぶつかる音がし、続いて派手な金属音がした。おおよそ、“ボルト”のクローン生徒が殴られ、机か椅子を巻き込みながら倒れたのだろう。
「うわ、ばっちい」
「お前の腕、使い物にならなくなっちまったな」
ハハハハハ、と笑い声が聞こえてくる。
「こういうことが起こるってことか?武村」
「ああ。低価格なクローンを販売してる“ボルト”は世間では結構人気らしくてな。この学校も1クラスに二人くらいの割合で在籍してる。しばらくこの話は燻りそうだ」
俺たちはそんなクローンたちを横目に教室へ入っていく。

 午後の授業が終わり、放課後になった。教室の掃除が始まる。
「なあ、聞いたか?」
武村が箒片手に話しかけてきた。
「何を?」
「転校生の話」
ちょっと、ちゃんと掃除して、と背後から注意が飛んでくる。はいはい、と生返事をし、さっさと箒を動かす。
「転校生だって?なんでこんな高校に?」
「さあな。上っ面だけはいいからな、ここはさ」
「純身?クローン?」
「クローン、らしい」
ねえ、聞いてるの?ちゃんと掃除して、と先程よりややきつい口調で注意された。
「続きは帰りにな」
「そうだな」

 掃除を終え、荷物を持って教室を出る。俺と武村は部活をしておらず、授業が終わればあとは家に帰るだけだ。
「転校生、ねえ」
荷物をなかなか背負えずモタモタしている武村を横目に、呟いた。
「噂じゃあマフィアのトップが買ったクローンらしいぜ」
「噂だろ?鵜呑みにしちゃあいけない」
ようやく荷物を背負えたらしい。
「まあな。んじゃ行くか」
俺たちは玄関に向かって歩き出した。
「もし噂が本当なら相当高性能のヤツが来るんじゃないのか?」
「文元がもう一人か?あいつは一人で十分なんだよ」
「全くだ」
階段を降り始める。階段を駆け上がってくる野球部員を避けながら話を続けた。
「まあ、明日が楽しみだな」
「そうだな」

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