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ICONIC / アイコニック ⑨

「ヘルドッグスの閃光だって⁉︎」
「しっ!声がデカい!」
 昼食を持ってきてくれた武村にさっきの騒動を話してやると、やはりこのTHTに飛びついた。
「いや、俺も何かのSNSで見かけたことあるくらいの知識しかないからさ。詳しく教えてくんない?」
「『閃光』…ヘルドッグス社が造った第十八作目のTHTだ。高度武装シリーズの一つ『KATANA』では三作目にあたって、その前の作品『乱舞』や『桜吹雪』に比べて軽く作られているのが特徴なんだ。特殊合金のおかげで錆びにくく、刃こぼれもしにくい。刀の形状も空力学に基づいて設計されていて、振った時の空気抵抗を極限まで減らしている。どこからどこまでもこだわり抜かれた、まさしく傑作さ」
 閃光。ヘルドッグス社の「高度武装THT」の一つだが、この「高度武装THT」というものがまた謎を生んでいるのだった。銃刀法が適用されているここ日本では、高度武装THTの類はそもそも換装することが禁止されている。また輸入なども厳しく規制されているため、簡単に手に入る代物ではない。そんな一品を持っているどころか、自分の腕と換装している時点で転校生は只者ではないのだ。
「どうやってあんなTHTを手に入れたんだろうな」
「どうやって…ねぇ」
「なんか知ってるか?」
「あぁ。ま、これも噂の域を出ないんだけどさ。ここ数年テックギャングっていう犯罪集団が急増しているんだが、そいつらに違法THTの類を売り付けてるのは『HIGHena』っていう組織なんだと。高度武装THTとか人体改造THTとか、娯楽用危険物THTとかな。もしかしたらそこら辺と繋がりがあるのかもしれない。探せば案外違法THTを換装してくれるテクノドクも居るしな」
 違法THTの販売屋と、それを換装してくれるテクノドク。裏社会と繋がりがあるのではないかと噂されている彼なら、そいつらと接触がある可能性は十分にあるように感じられた。
「よぉ知ってんなぁ」
 俺と武村が驚いて振り返ると、そこには例の転校生が立っていた。相変わらず不気味な笑顔を浮かべている彼は、えもいえず不気味であった。
「ごめん、驚かせてもうたかな?」
 おもむろに武村が立ち上がり、そのまま地面に膝をついて正座をし始めた。そして次の瞬間、武村は勢いよく土下座をした。
「命だけは見逃してください!!!」
 そのなんとも言えない雰囲気の中、転校生は笑い出した。もうもはや、命の危険を感じる他ない。
「別に刀持ってるからって、簡単に他人の頭落とすほど物騒ちゃうで。一旦顔上げぇや」
 武村が顔を上げる。
「ボクさ、真面目に授業受けるためにここ来たんとちゃうねん。色々やってみたいことあるからさ、どうや、一緒にせぇへんか?」
「…例えばどんな?」
 ようやく口が動いた。
「例えば…例えばねぇ…ここの近くでやってる賭けボクシングとかどう?」
 賭けボクシング⁉︎なんだそれ⁉︎
「まぁ、簡単に言えばこの街楽しもうやっちゅうことや。テックギャングが近畿、特に大阪に集中してるんは知ってるやろ?暴力殺人、なんでもござれのここ大阪を制覇するんや」
 この転校生が何を言っているのかは、今現在ひとつも理解できていない。ただひとつ言えることは、彼が限りなく不可能なことをしようとしていることだ。
「大阪を制覇って…一体?」
 武村が訊ねる。
「道頓堀の違法THT街道と賭けボクシング場、西成にある『コロッセオ』、無法地帯と化した新埋立地『華島』、天王寺のテックギャングの巣窟『料亭・津波』…この四大違法地を巡って、やれることをする。簡単な話やろ?」
 なるほど。警察と死神にチキンレースを挑もうというわけだな?社会的地位と命を賭けて、最高のスリルを味わおう、とこの転校生は言っているわけだな?馬鹿じゃねぇのか?
「やる気出たら明日の19時、ここの正門に来てな」
 そうとだけ言うと、俺たち二人をその場に残して転校生はカフェテリアを後にした。
「…どうする?」
 いまだ顔を上げたままの体制で硬直している武村に話しかける。
「…俺は行きてぇ。いろんなTHTがめちゃくちゃ気になる」
「マジで?」
「水面はどうする?」
 それがものすごく馬鹿なことで、自分から墓穴を掘りにいっていることは分かっている。だが、このまま学校でつまらない日々を送るのと天秤にかけた時、俺の心は…
「行こう。明日、19時に」
 いくらクローンといえど、単調な日々には痺れをきらす。

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