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ICONIC / アイコニック ③

 一限目の授業が始まった。国語だ。クローン相手に授業をするのが億劫なのか、それとも自らが軽蔑した目で見られていることに気が付いているのか、担当の教員は投げやりな態度で授業を進めていく。生徒に順番に音読をさせ、必要最低限の知識、文法を説明する。しかし不思議なことに、こんな授業でも50分を十分使うのだ。それも、チャイムが鳴ると同時に終わるようになっている。こんな感じなので最初のうちは彼もクローンかと疑っていたが、彼が製造された年のクローンはまだ自立式思考回路が十分に発達していなかったことに気が付いた。この世代のクローンはプログラムされた自我のみ芽生えるようになっていたため、当時は非常に気味悪がられたようだ。いくら人間の遺伝子情報を元に作っても、下手に才能を与えると脳が誤作動を起こすらしい。このために自我が画一されたものになってしまったのだ。自立型思考回路はそういったバグを抑制するために制作された。
 その後も教師は変わるがわる俺たちに授業をし、気付けば四限目の終了をチャイムが告げていた。昼食の時間だ。
「武村、食堂に行こうぜ」
武村の席に近付き、話しかける。
「そうだな。学食、なにを買うつもりだ?俺はカレーだな」
「俺は和食セットかな」
「お前この前もそれ食ってなかったか?」
「あれが一番安いんだよ。お前だって色々食べ過ぎなんじゃないのか?」
教室のドアを開け、廊下に出た。ここからカフェテリアまでは遠く、この辺り一体の教室は“魔の学食帯”と呼ばれている。先着数名の珍しいメニューが出たときには必ず食べそびれるという話で、事実今まで一度も間に合ったことはない。
「俺が色々食べすぎてるだって?あのなぁ、“飛んでも八分、歩いて十分”って聞いたことあるか?」
学食の話からいきなり飛行か歩行かの選択を迫られるとは。
「知らない。でも俺なら歩く」
「これはある小説で読んだ台詞なんだがな、やっぱりお前は歩く方を選ぶと思ったぜ」
「どういうことだ?」
武村がこちらを見ながらニヤついた。
「まんまお前の性格だった、って訳だ。いいか、俺なら飛ぶ。だってどうせ飛べるなら、飛びたいだろ?」
同意を求めるようにこちらへ手を伸ばしてくる。
「そうは思わないが」
歩いても大差ないじゃないか。二分早く着いて何になる。
「そういうことさ。俺はどうせ学食で三年間食ってかなきゃなんないなら、色々食って楽しみたい」
「三年間学食で昼飯を済ます、というのに変わりはないが、それを楽しむかそうでないか、ってことか?」
「そうだ。飛んだ方が楽しいに決まってる。そうだろ?」
「落ちたらどうする?」
武村がこちらを眉間に皺を寄せながら振り向いた。
「そんな野暮なこと言うなって。相変わらずつまんねぇな、お前はよ」
つまらないことを言った気はないのだが。そもそも武村を笑わせようとも思っていない。そんなことを考えていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
「お前、次の定期テストどの教科の記憶データシステムを用意するんだ?」
「俺は社会かな。いちいち覚えるのが面倒でさ」
「俺は全教科〜」
「は?お前マジで?いくらかかったんだよ?」
「五個もチップ揃えたんだろ?“アキモト“のやつか?」
「残念、“コネクトロ”のギガ•ヘッドシリーズだ」
うわあ、とか、マジかコイツ、とか色々騒ぐ声を横に、俺たちはカフェテリアへ進んでいく。
「あいつ本気か?“アキモト”のシステムでも一個四万はするぞ?」
武村はまだ騒いでいる方を向いている。
「ギガ•ヘッドシリーズか。モデルによるが、旧世代の最低容量でも十万がいいところだな」
「ああ。でも何回も使うなら最新機のリマインズノートMk.3だ。あれなら一個五十万、五個買えば二百五十万だ」
「たかがカンニングに二百五十万円とはな」
しばらく歩くとカフェテリアの扉が見えてきた。相当な人数の人間が中にいることは、入らずとも伺えた。扉を押し、中に入る。


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