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EVEN, if... <「彼」の手記Ⅰ>③

 空虚な想像の中で、「それ」は、「Even」は生まれていったのだと、僕は考える。これらの想像の中で生まれた彼女の虚像、共に何もない世界を旅した人形に、五年の歳月の苦悩によって発生した自己卑下の念と彼女への恐怖心、何もできない無力感とおぞましい執念が溜まってゆき、やがて自我を持つようになった。だからEvenは僕を否定し、彼女への恐怖心を煽り、何もできない僕の無力さが分かる例を次から次へと挙げてゆくのだ。Evenはいつでもそこにいる。この空虚な想像がいつか果ててしまったとしても、彼女が僕を蔑み、軽蔑のまなざしを向けたとしても。この心の奥深くで、彼女を求め燃える情熱の炎が光り続ける限り。この炎が消えることが即ち僕の死を表すということを踏まえると、Evenは僕の死と共に消えるということになる。Evenはこの先、僕の命が絶え果てるまで僕と共に居る。彼女と一緒になる事は叶わず、自分の作り出した虚像とは地獄の果てまで一緒になる。やはり、神も現実も、人間の不幸を食い物にしているどうしようもない屑なのだろう。でなければ、こんなひどい仕打ちが起こる訳がない。神は慈愛に溢れている筈だろう?この苦悩のどこに愛情があるのだ?現実は常に公平中立の筈だろう?ならばなぜいつも僕を蔑もうとし、頭の中にまで入り込めないことに腹を立てるのだ?
 夢と希望、か。そんなものがあればいいのだが。
 時はあっという間に過ぎてゆく。気付けばもう七月も中頃、あと一週間後には夏休みが始まる頃になった。しかし、小学五年生の僕達には、夏休みとかぶってある行事が始まるのだ。三日間、山奥でクラスメイトと過ごすあの行事が。名前を、{林間学習}という。
 夏の熱い空の下、木々が鬱蒼と茂る森の中、木漏れ日の中で彼女と共に歩けると思うと胸が躍ったが、世の中そう甘くはなかった。班員決めでは見事に彼女とバラバラになり、バスの席は遠くになってしまった。班員の設定に決定権がないと分かった時からうすうす感じていたが、案の定、と言おうか、どうせあいつら(神様気取りの変人と公平中立をモットーに人間を蔑む依怙贔屓が趣味の存在)ならそういうことをするだろうと思っていたため、大きく落胆するなどということはなかった。バスの座席に関しては自分で選ぶことができたが、人気者の彼女の周りの席はあっという間に埋められ、仕方なく彼女にいちばん近い空いている席を選んだのだった。この日、班員とバスの席が決定した時に僕は心に誓った。次、もし自分に決定権がある時が来たら、必ず彼女と同じになろうと。何を捨ててでも必ずその権利を、特権を手に入れると。当時小学生の僕にとってそれはお金以上に欲しいものだった。
 学校を出発し、バスに揺られること数時間。気付けば山奥をバスは走っていて、青々とした木々の葉が真夏の太陽に照らされて生き生きと光っていた。車酔いの激しい僕は窓の外を見て何とか酔わないよう努めていた。バスが影に入り、外を見ている窓が鏡のようなはたらきをした時に一瞬だけ映る彼女の姿を眺めていると、心なしか気分は良くなった。鏡の向こうの彼女は楽しそうに話していた。時々まどろんだりもしていた。映った彼女の方へ手を伸ばしたが、そこには窓があった。手は届かなかった。
 やがてバスはある高地に到着した。空気は冷たく、澄んでいるような気がした。それでも、彼女の方を見ると、その周りの空気はさらに綺麗に見えた。ここにある何千本もの木々の吐く澄み切った空気ですら、彼女の纏う空気には敵わないのだと思うと、自分のことでもない、確証もないことだったが、なぜか誇らしく思えた。僕はそんな素晴らしい人に恋をしているのだ、と。ここにあるたくさんの木々も、夜になると見えるであろう満天の星空も、優しく頬を撫でてゆく風も、彼女には敵わない。彼女は太陽であり、月でもある。何人も、何物もその美しさ、気高さの前に跪き、圧倒されるほかないのだ。万物を統べる女王の前で、僕もまた彼女を崇め、敬い、恐れていた。
 到着してから最初の班活動を終え、僕たちは宿泊施設にある自分たちの部屋へ入った。律儀な室長は林間活動のしおりの時刻表を見て次の移動までの時間の確認をし、トランプのババ抜きで盛り上がっていた班員たちに予定を伝えた。もちろん、それらの語句、注意事項は彼らの耳を右から左に通っていっただけだったにすぎないのだが。
 シャワーを浴びて班活動で掻いた汗を流し、すっきりとした僕たちはしばらくの休憩の後に夕食をとった。大きな食堂のようなところで一斉に「いただきます」を言い、班活動と長時間の移動で減っていたお腹を満足させようと、次から次へと口へご飯を運んだ。食べるのが早い子は白ごはんをおかわりしようと空っぽの御茶碗片手にせっせと前へ行き、その子と早食い競争をしているのであろう子がまだ呑み込めていないご飯を口に含んだままその子の後を急いでついて行く。「お前まだ食べきってないじゃないか」という声が聞こえてくる。和気藹々とした雰囲気の中、僕もせっせとご飯を食べていた。
 さっさとご飯を食べ終え、近くにいた親友、当時はまだ友人だったが、と会話をしながら、その後ろの方でご飯を食べている彼女を見ていた。ここからはとても遠く、目を細めないとよく見えないくらいだったが、そこに彼女がいるというだけで、その存在を確認できただけで僕は満足だった。
 夕食を終え、全員が部屋に戻ったあと、僕たちの室長はこの後キャンプファイアーがあると伝えた。爆発と銃とお金と漫画が好きな小学五年生男児にとってそのような派手な催し物は好評だったようだ。半狂乱になった一部の生徒は自室のドアをふざけて壊す程喜んだらしい。彼らは大破したドアが立てかけられている壁を背に正座して並べられ、学年でもトップクラスに恐れられていた先生に怒鳴り散らかされていた。なるほど、これがキャンプファイアー、火を崇める人間の本能が掻き立てられ、全身全霊で喜んだ結果なのか、と一人納得しながら彼らが怒られている様を観ていた。ドアを壊したであろう張本人はおそらく脳内でドアを破壊していた時の映像が流れていたのだろう。怒られている途中に笑いをこらえて肩が震えだし、そのことに気付いた周りの生徒もその時の映像が脳内で再生され始め、しまいには怒られている生徒全員が笑いをこらえている状態になった。怒っている先生はさらに怒り始め、身の危険を感じた一部の生徒たちは自室へ入っていった。一方の僕はその様子を眺めながら、なるほど、これがキャンプファイアー、火を崇める人間の本能が掻き立てられ、喜びを感じた結果か、と一人納得していた。
 しばらくして予定の時間になり、僕たちは部屋番号の順番に外へ出ていった。キャンプファイアーが行われる場所は既に生徒が大分集まっており、お互いに詰めて座らないといけないような状態になっていた。都市部で生まれ育ち、俗にいう大自然とやらをテレビとゲームの中でしか見たことのない潔癖症で小さな虫すら恐れる子供たちは、上から落ちてくる葉っぱに驚き悲鳴を上げ、自分で踏んだ枝の感触により気分を害していた。座る石製のベンチに落ちている葉っぱを指の先でつまみ上げ、投げ捨てるように落とす。そうやってきれいになったベンチに嫌そうに腰を下ろす。彼らはキャンプファイアーへの好奇心と、足元がよく見えず、どこから虫が飛んでくるかわからない状況下にいることへの恐怖心でいっぱいだった。一方の僕は特にそういったことなどお構いなしにベンチに座り、早速彼女の姿を人ごみの中から探し出そうとしていた。彼女は案外すぐ見つかった。仲の良い友達と会話していて、無邪気な笑顔は月明かりの中でも確認できた。彼女の世界に自分はいない、と考えると非常に悲しくなったが、一方で彼女が楽しんでいるようでよかった、とも思った。
 しばらくして、キャンプファイアーが始まった。
 はっきり言って、その時のことは大して覚えていない。どんなパフォーマンスがあって、なにが起きていたかなど、さっぱり思い出せない。だが、唯一覚えているのは、キャンプファイアーが放つオレンジ色の光に照らされた彼女の姿だった。そのシーンだけは、たった一瞬を切り取ったその画は、僕の脳内に焼き付いて離れなかった。

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