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ICONIC / アイコニック ④

 騒がしいカフェテリアの中に入った俺たちは、人混みをかき分けながら注文の受付口へ向かった。
「おばちゃーん!」
先に進んでいた武村が叫んだ。受付カウンター付近の三メートルは人が多くどう足掻いてもそれ以上近づけないため、ここから叫んで注文するのがいつものことだった。問題は、注文が受付の人に聞こえるかという点だ。
「はーい!」
どうやら武村の声は聞こえたらしい。
「カレープレートひとつ!あと和食セット!」
「あんだってぇ〜!?」
「カレーと和食セットひとつ〜!」
「あーはいはい!中辛でいい〜!?」
「なんでもいいよ〜!」
こんなことが日常の高校だが、これでも非常に評価が高いのが疑問である。まだ中学校の方が過ごしやすかった記憶がある。
「お前辛いの苦手じゃなかったか?」
「学食の中辛なんて大したことないさ。さ、座れるとこ探してきて。飯は持っていくから」
「わかった」
俺は人混みから脱出し、ごった返しているカフェテリアを見渡した。幸い、机の上に座って騒ぐ馬鹿が多いため座れる席は十分あった。そこから、できるだけ現在地に近い席を見つけ、座った。あとは武村を待つだけだ。席に座り待っていると、前方から荒々しい声が聞こえてきた。
「おいお前、どこみて歩いてんだ?」
喧嘩だ。この学校では日常茶飯事のイベントで、喧嘩を一度も見ない日は宝くじを買うと必ず当たると言われている。
「いや、俺はまっすぐ歩いてただけだ。ぶつかってきたのはそっちの方だろ?」
武村が横に座った。俺の目の前に和食セットを差し出す。焼き鮭は載っていなかった。
「ごめんよ。ここにくる途中に取られたみたいでな。人混みから急に手が伸びてきて、鮭を鷲掴んでどっかいったんだ」
あり得ないことのように聞こえるが、案外よくあることである。武村は前に一度チャーシューラーメンのチャーシューを丸ごと取られ、「ただのラーメンになっちまったじゃねえか」と怒っていたことがある。
「また喧嘩か?」
「そうみたいだ。どっちからぶつかったか、っていう内容のな」
「げ」
武村が顔を顰めた。
「文元じゃねえか。あいつ確か新しいTHT入れたばっかだろ?」
「まさか試すつもりじゃないよな?」
「いや、あいつならやりかねない」
文元。超一流クローン企業、ゴールドエッジの第六世代エピックグレードのクローンだ。ゴールドエッジの最新•最高グレードのクローンなだけあって、俺たちとはまるで違う性能を持っている。そんな彼は性能と生産企業のブランド性、そして彼自身のカリスマのおかげで常に三人の騒がしい連れと二人のボディーガード(アメフト部員)がついている。
「文元様」
ボディーガードの一人が一歩前へ出ようとするのを、文元は僅かに手を動かし、制した。
「売られた喧嘩は買う。文元家はそうやって対抗組織を消してきた」
文元が袖を捲る。見たところぶつかられた生徒は明らかに純身で、引くにも引けない状況に怯えてしまっている。俺たちを含む彼らを取り巻く生徒たちは固唾を飲み、静かになった。
「おい、あれ」
武村が文元の腕を指差す。
「ヘルドッグスか?」
一度SNSで見たことがある。対人THTの有名開発企業で、米軍では正式採用されている。
「ああ。しかもあれ非売品の型番だ」
武村が目を細め、なんとか型番を見ようとしている。
「エム…アイ…エル…。ミリタリー…?おいおい、あれミリタリーカスタムじゃねえか?あんなモン純身に使ったらマジで死ぬぞ」
「ミリタリーカスタム?なんで文元が持ってんだよ」
「知るか」
文元の腕に赤色の光の筋が走り、続いて甲高い機械音が聞こえてきた。ゆっくりと文元が腕を構えた。
「さあ、かかってこいよ。純身ウジ虫め」
純身生徒は意を決したのか、雄叫びをあげながら文元に殴りかかった。が、文元のアッパーが彼のパンチより先に炸裂した。対人、かつ軍用カスタムのTHTのアッパーが顎に直撃した純身生徒は、ものすごい勢いで顔が上を向き、僅かに仰け反ったまま宙を舞った。そして後ろにあった机に投げ出され、動かなくなった。
「死んだな、アイツ」
武村が吹き飛ばされた純身生徒の方を見ながら言った。ここからは純心生徒の足しか見えないが、痙攣しているあたり大丈夫ではないのが見てとれた。
「ヘルドッグスの対人THTってどういう性能があるんだ?」
「ヘルドッグスの腕THTは油圧式で、蒸気を噴出することでパンチの速度を加速させることもできる。そんで軍用カスタムは特殊合金の装甲がついていて、自慢のナックルもタングステンをふんだんに使ったバケモンさ。アイアンテックの皮下装甲の最高グレードでもまともに受けたら致死傷レベルだ」
「そんなものを本気で使ったのか?文元は」
「いや、それはないな。最高加速で使ったら純身の頭は今頃吹っ飛んじまってるよ」
保健室の先生が担架を担いで走ってきた。担架に乗せる際に純身生徒の顔が見えたが、大量の血で黒光りしており、詳しく見ることはできなかった。
「飯、食うか」
そう言いながら自分の和食セットを見ると、白ご飯はすでに無くなっていた。
「そうだな」
武村がカレーを一口食べた。

 結論から言えば、武村はカレーを食べ終わるまでに二十回以上水を飲み、三回以上「もう食べたくない」と言った。

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