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君に百回『好き』と言ってから死ぬ

〈#10 二人旅(下)〉

 気まずい雰囲気の中で迎えた夜。
 葵と梁は最高に戸惑とまどっていた。
(こ、この雰囲気……。どうすれば……。私から言い出したけど、まだ準備はできていないというか……)
(こ、この状態はまずいのでは……!? もしこのままして俺捕まったりしないよな!?)
 こんな感じでとにかくテンパっていた。どうしようもないほどテンパっていた。
「あ、葵さん……?」
「ふぁい!?」
 どうしようもないほど葵さんがびっくりしている。珍しいけど今はそれどころじゃない。どうするんだこの雰囲気。
「なんていうか、その、なんかごめん」
「え……?」
「望んでもないのにこんなどうしようもない雰囲気にしちゃって。反省はしてる」
「…………」
 自分が思うこうじゃないかということを伝えてみた。
 しかし――
「……そうじゃないでしょ」
「え?」
「二人だけだから言えるけど、私はしたいよ、そういうこと・・・・・・。だけど、梁くん、全然そんな感じしないし、襲ってきてもくれないし……」
「葵……」
「とにかく、私はいつでもいいし、梁君が望むならなんだってするよ。もしかしたら死んじゃうかもしれないんだし」
 そうだ、そうだった。今日の旅行が楽しすぎて忘却していたが、僕はそういう病気だった・・・・・・・・・・・。残り少ないかもしれない人生で後悔はしたくない。
 できることならなんだってしたい。それが許されるなら。
「……ごめん。俺が間違ってた」
「……うん」
「じゃあ……」
「うん……しよ」
 そう言って、静かに顔を近づける。初めてするから、下手かもしれない。
 葵を傷つけたらどうしよう、なんて余計な感情が混ざりながら、キスをする。そっと口をつけるだけのつたないキス。
 一回するだけでも、理性が我慢できなくなり、だんだんと荒くなる。
 そして、一枚ずつ、衣服を剥いでいく。
 最後の一枚がなくなったとき、息を呑んだ。
 目の前にある生まれたままの姿に感動し、かすれた声で葵の名前を呼ぶ。
 あとはもう、無我夢中だった。
 愛しい彼女と一つになる感覚。彼女から出る誘惑や甘い匂い。
 彼女も、自分も、その行為を望んでいたこと。
 そんなことがわかり、嬉しくなり、
 そんな最高潮な時間が数時間続いた。
 行為が終わったあとも余韻がいいものとして残った。
「なんか、すごかったな」
「そうだね」
「俺、初めてが葵で良かった。なんか、その、ありがとうな」
「私こそありがとう。なんか、すごい嬉しかった」
「また機会があればしたいな」
「そうだね」
 そんな感じに、嬉しいものがとても沢山こみ上げてきて、気がついたら抱きしめていた。
「明日にはもう帰っちゃうのがなんか残念。もっと楽しい時間が続けばいいのにな」
「まあ、学校があるから仕方ない。今度は春休みに行こうか」
「うん!」
 ご機嫌になった葵さん。先程までの焦った雰囲気は吹き飛んでしまった。笑い飛ばせるほどに、楽しくて、嬉しかった。
「まあ、今日はもう遅いから。ねよっか」
「ん」
 ハグをしながらそのまま就寝。お互いに幸せそうな姿で寝られた。

  ***

 次の日。朝起きてからラブラブな梁さんと葵さんは帰る準備をして、帰りの電車に乗車。
 そのまま自宅まで寄り道をしながら、帰っていった。
「なんか、寂しいね。また明日会えるのに」
「…………」
「あはは、何でもないよ。また明日ね」
「葵っ!」
「え? どうしたの?」
「今日、葵の家に泊って行っていいか……?」
「……うん、いいよ」
 そんな感じで、帰るはずの日もバカップルに進化していた。まごうことないバカップルだった。
 そして通行人に変な目で見られた。
「家に入ろっか」
「おう」
 その後も、昨日や今日の思い出を振り返りながら、写真を印刷しながら、思い出に浸る。
「こんな好きな時間が、ずっと続けばいいのにな」
「続くよ、てか続けるよ」
「それもそうだな」
「うん!」
 ここ最近、葵さんはよく笑顔を見せてくれるようになった。
 俺にしか見せない、ダイヤモンドのような素敵な笑顔かおを。
 それだけ俺といてくれると楽しいということがはっきりわかる。それだけでもうれしくて、なんだか泣きそうな気持になった。
「梁くん!? どうしたの!?」
「え? いや、うれしくてな……。葵が好いてくれることとか、こんな幸せな時間が続くこととか、いろいろな……」
 それを聞いた葵はそっとハグをしてきた。人間のぬくもりが伝わってくる。
「梁くんも頑張ってるもんね。私、知ってるよ。ひそかに頑張ってること。ほんとは泣きたいことだって頑張ってこらえて泣かないようにしたり、学校の授業で追いつくように必死に勉強してたり、私のために自分の寿命を削っても「好き」って言ってくれたり。だから、頑張ってて偉いんだよ。泣きたいときは私が相手してあげるから、全部吐き出しちゃいな」
「うん……」
 そんな優しい言葉を投げられて涙が止まらなくなる。
 今日、この日まで生きててよかったと感じれた。
「ありがとな、葵……」
「ううん、困ったときはお互い様だよ。私にできることは少ないかもだけど、できることはなんだってしてあげるから。なんでも頼ってね」
「うん……」
 どうしよう、このまままた理性がぶっ飛びそうだ。
「どうしよう、このまま葵のことずっと好きでいたいのにいずれ死が来るかもしれないのが悲しすぎる」
「わかる。でも、そのほかより短い人生でもその分楽しく終われたらいいんじゃん」
「たしかにな」
 いわれてみれば正論だ、と感じた。
 授業でも浅く速くよりも深く遅くで授業をしたほうがいいという。
 人間もそんな感じなのだろうか。
 人間十人十色。いろんな人がいてもいいと感じた。

 *****

 俺はその日、二つの夢を見た。
 一つは葵と幸せな家庭を築き、幸せな姿を。
 そして二つ目は……
 いつの日か俺の寿命が尽き、俺が死んでしまう。
 それは良いとして、その時に見た葵の顔がとてつもなく胸を痛めつけた・・・・・・・・・・・・・・・・・
 葵が大泣きをして、顔がグシャグシャになってしまう。
 ハッと目が覚め、体を起こす。
「葵……」
 隣で安心しきった顔で寝る葵を横目にやる。
 ――もし、この顔も何も見れなくなってしまったら。
 
 ――葵が涙で覆ってしまったら。
 
 ――もし、自分が死んでしまって、葵と離れ離れになってしまったら。
 
 そんなことを考えたら胸が苦しくなった。
 そんなことは起きてほしくない。
 いつしか、自分の謎の病気が治る薬でもなんでもが出来上がるのを願うばかりだ。
「んぅ……?」
 体を起こしたからだろうか、葵が目を覚ました。
「おはよ、葵」
「ん……おはよお」
 朝目が覚めた瞬間にふにゃりと微笑む姿がなんとも愛おしい。
「……」
「どうした?」
「んー、なんか、せっかくお泊りしたんだからなにかあると思うんですが」
「何だそれは……」
 お泊りをしたときは何かをしないといけないというルールなんてあっただろうか。
「むー……言わないとだめなんてなんか……むー……」
「あ、えっと、ごめんなさい……」
 なぜだか拗ねてしまった。まあ拗ねてるところも可愛いのだが。
「一回だけ教えるからちゃんと覚えておくように」
「はい」
 そう言って葵は深呼吸をしてから言い出した。
「……朝はちゅーするんです」
「……」
 絶句した。こんなにもかわいい生き物がいたなんて。本当に、告白してよかったと思った。
「不満でも」
「滅相もございません」
 そんな感じで朝からバカップルぶりを全開にしている葵さんと梁さん。
(……この時間が永遠に続けばいいのに)
 永遠なんてない。だけども、今が最高に楽しめるように最善の努力はしているつもりだ。
 だけど……
「…………」
「……?」
 自分が死ぬときのことをずっと考えてしまう。
 自分がこんなんだから。
 自分が努力できてないから。
 自分が、自分が、自分が――
「……梁くん? 大丈夫?」
「……ああ。少し考え事をな」
「嫌だったら言わなくていいけど、できるだけ梁くんの悩み事聞かせてね」
「……うん。まあ、そんな大したことじゃないさ。旅行前に考えていたことについてだよ」
 そんな感じで悩み事を打ち明ける。
 告白病は治らないのか。もし自分が死んでしまったら。もし告白病が治ったら。
 そんなことを駄弁だべりながら相談をした。
 いつか、治る日が来るまで、俺たちは生涯的にに愛することを誓った。
「でもまあさ、今が楽しければいいんじゃない?」
「……そうだな」
 どうやら同じことを考えていたようだ。仲がいいと改めて実感できた。


 ――いつか、告白病が治る日まで。


 梁の死亡まで90日。

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