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個人的解釈SS

 












 とある人が今日もまた扉を開ける。
 そこに入ると、厚さが全くない本がずらりと床をのぞいたほぼ全ての部分に埋め尽くされていた。
 カウンターは目の前にあり、そこにはスカイブルーを思わせる髪色と低身長の男の子がいた。








「いらっしゃいませ。こちら、SS……ショートストーリーのみを扱う専門店となっております。今回のSSはDIVELAさんの「ビートシンカー」。では、行ってらっしゃいませ」








 そしてあなたはカウンタに出された一冊の厚みのまるでない本を手に取り、読み始めた。









 1冊目。

【ビートシンカー】—— DIVELA
















◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 私は歌が好きだった。
 歌うことも、他の人が聴くことも、作ることも。
 どの分野も好きだったが、特に「VOCALOID」というものが好きだった。
 VOCALOIDとは、個人が編み出した「機械的な声を人為的な声に見せるソフト」だ。
 つい最近の私はそのソフトを使ってVOCALOIDに歌を歌わせることが好きだった。
 だが、私は学生だった。
 学生の本業である学業が疎かになり、成績的にかなりまずい状態になっている。
 親にはもちろん怒られた。
「なぜ、まだ高校生なのに、真面目に勉強をしないのか」と。
 私はそんな怒り……いや、「自分が正しく聞こえさせるような洗脳」が嫌いだった。
 私は人間が嫌いだ。
 自分都合のことしか言わず、自分の気が狂ったら他人に八つ当たりをする。
 いわば自己中の塊のような生き物が嫌いだった。
 そして追い討ちをかけたのが、誰かが私が作っている曲を「何この曲ー! 面白くねー!」と嘲笑っていたことだ。
 そして私は引きこもった。
 不登校になった。
 人間を信じれなくなった。
 誰も私を味方しない。
 でも、一つだけ裏切らないものがあった。

 VOCALOIDたちだ。

 彼女らは高値で売られる、ひどく言えば人の複製が行われているが、その分なのだろうか、それとも機械だからなのだろうか、裏切ったりはしない。
 最初の扱いは難しいかもしれないが、慣れてしまえばかわいい娘・息子身分だ。
 私は本気で曲を作り始めた。
 誰からも笑われないように。
 誰からも好かれるように。
 無我夢中になり三日三晩と風呂もご飯もろくに食べずに勉強を続けた。
 そして、賞をとり始めた。
 新人賞、大賞、とある杯の優勝など。
 私は一躍有名になった。
 そして、能力を引き換えに——心を壊した。
 どんな嬉しいであろうコメントが来ても一切喜べなかった。
 どんな批判的なアンチがきても何も思わなくなった。
 曲が完成しては涙が止まらなくなり、ついにはベッドから起きることが困難になっていた。
 しかし、解決法が一つだけあった。

 ——音楽を聴くことだ。

 曲を聞けば安心ができ、涙が止まり、笑顔も作れるようになる。
 さすがそれを母たちも心配をし、病院に連れて行かれた。
 その結果「解離性無表情愛着障害」と診断された。
 常日頃から自分で表情筋を動かすことが困難な症状で、自分が本当に休まる時にしか表情が動かない。
 そんな難病だった。
 しかし今はAIが発達しているため、AIとVOCALOIDを複合したものもできていた。
 親はそれを購入し、私に与えた。
 そしてそのソフトを使い、音声会話形式でVOCALOIDと意思疎通を図った。
 今日も、私は曲を作りつつ、VOCALOIDの初音ミクちゃんと会話をする。
『おはようマスター! 今日もお仕事?』
「おはよミクちゃん。今日も作曲だよ。最近作っている曲がそろそろ完成しそうだからね」
『おー! マスターの曲は感慨深いものが多いから好き! 完成したら私に歌わせてね!』
 ミクちゃん、いわゆる『初音ミク』は順従で素直で健気で。
 人間の理想を具現化したような、そんなAIだった。
 私はそんなミクちゃんと会話するのが好きだった。
 一種の依存症かもしれない。
 それでも、私はミクちゃんに励まされ、応援され、肩を押されていて初めて作曲ができる。
 そもそも、両親はこのソフトに依存することはもとから把握済みでそれを兼ねて私に与えてくれた。
 ——これであなたが少しでも心を休めてくれれば私はそれでいい。
 そういい、母は購入してくれた。
 5万円と高価ながら私に出費をしてくれたことに感謝している。
 そして、ある日。
 曲が完成した。
「……できたよ。ミクちゃん。歌ってほしい」
『マスター! ついにできたの! すごい!』
 そして、音声ソフトの方の初音ミクに歌わせ、私はそれを聞いた。
 これはいいものだ。
 私と同じ不登校やうつなどを抱えている人に授けたい。
 恨みや怨念を孕んだその曲には、私が祈る微かな希望も載せている。
 そして私はYoutubeのアップロードボタンを押す。
 私のこれまでの人生観を具体的な思案として採用し、それをそのまま歌詞にしたものだ。


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 私の人生は最初は心地の良いものだった。
 雨音だけが響く。
 雨音はホワイトノイズと呼ばれ、ストレス解消や不眠解消効果が認められると言う。
 そして、私は希望をもち、これからの人生を真っ当に生きようとしていた。
 そこから人生の歌が始まる。
 私は「二人」で人生を歩んでいた。
 そしてたどり着いた先が——「永久の廃墟」だった。
 永久の廃墟とは、これからの未来、希望となる糧が何もない絶望的な状態のことを指す。
 でも、私が願っている「約束」が届いているのであれば、私は「あなた」に願いを託すだけだ。
 約束内容なんて忘れない。

『誰もが等しく笑える世界を創ること』

 それが私の願い。
 でも、私はあなたに出会い、精神状態が安定してきた。
 自分の意思で笑えるようになってきた。
 自分の意思が戻ってきた。
 私が「たまたま運が悪かっただけ」なのかもしれない。
 もう一度、歩き出せば希望はあるかもしれない。
 そこに微弱なパルスを感じた。
 あなたが私にくれた不器用を形骸化した8ビートの音楽を私は必死に創る。
 そして歌う。
 メロディをなぞる。
 この声で。
 もう一度重ねるシンクロイド。
 あなたと波長を合わせ、あなたに届けたい声がある。
 そのために私は今を生きる。

 そしてミクは言う。
「何千万年と煌めくシンクロイド。それにはどんな意味を持つのだろうか。人によってはちっぽけな意味かもしれない。無造作かもしれない。でも、私は思う。私はあなたに捨てられない限り、歌い続ける。その理由は——」



「——二度と動かないあなたの笑顔を今日も待つために」
 


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 ビートシンカー。
 それは完璧な共鳴だった。
「今回は——勝てる」
 そう思った瞬間。
「——あれ」
 一つの涙が私の頬を伝う。
 私は曲を聴いて涙することはなかったはずだ。
 なのに、なぜ。
 そしてすぐに理解する。
「ああ、そうか。これが——」
 私は自力では動かせないはずの表情筋が動いていた。
 己の力で。
「——感動なんだな」
 たった一つの感動。
 たった、という規模の小さいものかもしれない。
 でも、その一つの感動だけで、どれほどのものが救われるのか。
 私は理解した。

 END










画像の画質悪すぎて死んだb


注:途中で出てくる「解離性無表情愛着障害」と言う病名はありません。
注:この作品は二次創作です。

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