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おわりのはじまり


「ごめん、もう終わろう」

2年前のそろそろ冬が始まる頃に、私は大好きだったはずの人と別れた。
大学生の頃から7年間をかけて、ゆっくりと信頼関係を構築した唯一無二の人である。一緒に笑いあった日も、一緒にいなかった時に彼のことを考えていた時間も、全てが惜しかった。私の青春の全ては一人の男性にあった。

そして、世界で一番大切な人を失った25歳の私は、何も要らなくなった。周りからは、彼氏と別れただけ、と思われていたはずだ。それでも、私の世界の中心が無くなってしまったのだ。その時、ひどく孤独を感じたことを覚えている。

ふと、「私はこれから、何を目的に生きていけばいい?」と思った。これが私の、旅の始まりである。



オーストラリアに行こう、と思った。理由は非常にシンプルで、「こっちは12月。真逆の、夏の国に行きたい」。とにかく日本人がいないアウェイな環境で、触れたことのないほどの大自然へ行こう。行ってしまえば、それからはなんとかなる、きっと。本屋さんの旅行雑誌コーナーで何冊か立ち読みした。
その時に、オーストラリア・西海岸にあるパースという街があることを知った。「ここに行こう」。他に理由はなかった。そのまま2週間後の航空券の予約をした。ホテルも、帰りのチケットも取らなかった。


2週間はあっという間に日は過ぎ去り、当日の朝を迎える。人生初めての冒険にとてもワクワクしていた。トランジットのシンガポールの空港のラウンジで、興奮を助長させるようにハイネケンを飲み干した。待ってろ、パース。


空港に降り立った時、予想をはるかに超える「何も無さ」に驚いた。そうか、確かに空港の周りには何もないよなぁ。コンクリートジャングルにいるとこんなことにも気がつく事ができないのか、と自分の日常を批判した。


到着した安心からか、お腹が空いた。これから旅が始まるというのに。時刻はまだAM6:00でお店もやっていない。一先ず、タクシーに乗って街の中心に連れて行ってもらった。1時間ほど車を走らせ、運転手は「Have a nice vacation!」と去って行った。バケーション、やっぱり旅人には見えないかぁ。本当は、旅慣れしているスナフキンのように見られたかったのに。典型的な観光客の格好をしていたのだと反省した。

最初に見つけたカフェにそのまま入店し、肝臓が泣くほどに甘いクッキーを食べた。現地の人はこんなに甘いものを食べているのか、これはコーヒーの苦さで相殺されない砂糖だ。これがどれだけ続くんだろうか、とわくわくに不安が勝ちそうになっていた。さらに、オーストラリア訛りがひどく、ちゃんと伝わっているか常に不安だった。ホテル、見つかるかなぁ。今日から、どうしよう。何も決まっていない。



地球の歩き方のパースのページは驚くほど少なかった。私が知りたいのは、有名な観光地でなく今日泊まる宿だ。本を一応持ってはきたものの、私にとってあまり意味をなさなかった。
iPhoneを開くと、幸運なことにwifiと接続していた。カフェと神様、ありがとう。早速パースについて調べてみた。本来であれば事前にやってくる事だったはずだが、まぁこんな旅も悪くない。自由で面白いではないか。SNSを見ながら、いつものように何も考えずに画面をスクロールしていた。あ〜次何しようかな〜どこに行こうかな〜と。そこに、運命的な出逢いがあると、5分前の私は知らなかっただろう。


「オーストラリア横断」

画面に目を奪われていた時、心拍数と体温が上がったことを覚えている。
アメリカ縦断は聞いた事があった。確か、ルート66。人はきっとなにかを成し遂げることが好きなんだろうな。私ももちろんそれに当てはまる。東京マラソンの完走も、修士論文を書き上げるのも、ゴールに向かっていく自分がとても好きだ。
でもまさか、オーストラリアで、しかも横断なんて!14日後に東海岸のシドニーに行けるらしい。しかも、幸運なことに、西海岸・パースは出発点だった。なんか運命な気がする。せっかくなら、やってみたい。ワクワクする方に進んでみよう。

ただ、どうしよう。
携帯のSIMは契約してこなかったので、電話ができない。そこで、カフェの店主に電話を借り、急いで連絡した。ドキドキした。


「あの、横断ツアーは毎日やっているわけではないですよね?今パースにいて、シドニーを目指したいのですが、次のツアーは何日後に催行されますか?」
「君はラッキーだね、今日からのツアーに空きがあるよ。どこにいるの?
1時間後に出発予定だから、早くおいで」


私はなんてラッキーな人間なんだろう。テーブルにチップを置き、急いでタクシーをひろって集合場所に向かった(今思うと、無事に日本に帰ってきていることが奇跡である。あまりに躊躇のない行動だった)。


待ち合わせ場所で初対面のドライバーは、ドレッドヘアで大柄な明るい人だった。これからマイクロバスに乗り10人ほどで横断するという。私の他は、韓国、オランダ、フランス、ドイツ、中国、スウェーデンから来た人たちで、それぞれの国から何かしらの思いを持ってこのツアーに参加したのだろう。私は軽い自己紹介を済ませ、空いている席に座った。


バスにはいくつかルールがあった。

・毎日同じ席に座らないこと
・食事はみんなで作り、みんなで仕事を分担すること
・当番制でオーディオ係をすること、車内で自分の国のヒット曲を流すこと
・トイレに行きたい時は、音楽に負けずに大声で叫ぶこと


見ず知らずの人と共同生活なんて、夢にも思っていなかったな。

基本的には、日中は車で移動し、夜はキャンプ場にて宿泊した。お風呂もトイレも存在しない。テントすら存在せず、空の下で寝袋とスワッグ(寝袋カバー)で就寝する。最悪ホテルが取れなかった時のために、リュックに寝袋を忍び込ませていたことが功を奏した。

ちなみに気になると思うので書き留めておくが、トイレと言えるトイレで用を足せるのは1日に1度のガソリンスタンドのみで、基本的には大地に還元するシステムだった。つまり、膀胱が破裂する直前に、オーディオの爆音に負けないようにpee!とさけぶ必要があった(これが一番恥ずかしかったことだ)。

オーストラリアの南岸を、粗い砂利道、粗い運転の中、時速140kmで進む。
「私はどこに向かっているのだろうか」と、ずっと夢を見ているような感覚だった。


ここには、何もない。いや、確かに私は存在しているはずだが、なんだかふわっと足がついていないような気分になった。

まっすぐに続く道路。信号や対向車は滅多にない。
そして、見渡す限り、荒れ地。草が生えていたり、砂漠だったりした。
車の窓から見る景色は、変わっていないようで、確実に変わっている。進んでいる。時間は誰にも止められない。

私は、ここに存在している。しかしながら、本当にちっぽけだ。このままいなくなって、悲しんでくれる人はどのくらいいるのだろう。
こんなことを考えていて、ふと、気づいたことがある。「わたしはいま、他人の人生を生きている」、ということだ。


お母さんがそう言ったから、彼氏に好きでいてほしくて、友達に合わせて、私はどれだけ自分を偽って生きてきたか。テストで高得点を取る、いい大学に入る、有名な会社に入る、かわいいと言われたくてダイエットをする、それが私の何のためになるのかと、ふと立ち止まった。

私がこれまでにしてきた選択も、確かに私が責任をもって決断していて、私の伝記に刻まれている。しかし、これまでの選択を後悔ないと言えるのか。このままでいいのか。「本当はこうしたかったのに」という言い訳に後悔する人生に、満足するか?他人に期待される自分は、自分が勝手に創った虚像である。周りの人は意外にあなたに興味がない。

まずは自分がありたい姿でいることが大前提なのではないか。そのあと、自分が周りの人にできることを考え、行動する他にないのではないか。


私は、自分が主人公の人生を生きたい。
心の底から出てきた熱意に、涙が出た。



この旅で私は、涙が止まらない絶景を目に焼き付け、言葉にできない経験と、生涯の仲間を手に入れた。しかしながら、最も心が震えたのは、自分の決意に自分自身が納得した瞬間だった。自分の心と、口から出る言葉が一致したことを納得したのは、初めてだったからだ。



一人旅は私に大きな気付きをくれる。


出会うはずのなかったものが、それが運命であったかのように繋がる瞬間、それに心を通わせるひととき。
それらはなんて美しいんだろう。

見たことのない世界に触れた時。
ちっぽけだと絶望したり、自分の可能性に期待したいと思う。自分と向きあう瞬間、視野が拡がった、と認識するひととき。



もしかしたら、何かが終わる時こそ、何かを始めるべきではないだろうか?

もっと色々なものを見たい。触れたい。感じたい。
だから、私は旅をやめられない。



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