はやて 【ウミネコ文庫応募】
一
むかし、村に「はやて」といわれる子どもがおりました。この子どもは幼くしてふた親を亡くし、悲しさのあまり誰とも口をきかなくなったのでした。そしてしんせきの家に引き取られたのでした。
小さなころから誰よりも足が速く誰よりも遠くまで走っていくので、はやてというあだ名がついたのですが、あまりに毎日走り回っているので本当の名前で呼ぶ者がだれもいなくなりました。
はやては毎日走り回るだけの体力がありながら、ちっとも手伝いができませんでした。まわりのおとなにならって草をむしったり、くわやすきを持ってはみるものの、すぐにつまらない顔をして投げ出してしまいます。力はあるのだからと牛を引かせてみれば、牛の歩みのおそさにがまんがならず放り出してしまいます。そしてつまらなさをふり払うように村じゅうをかけ回っているのでした。
二
初夏になると村ではみんなで梅の実を集めるのでした。梅の実は小さいながらよい香りがするうえに薬になるので、村からまちの薬問屋へ売りに行くのです。
まちへは山あいの一本道を歩いていかなければなりません。大人でさえ片道を一日かかって歩くのです。しかも梅の実を売ったお金は村全体で分けあう大切なものでした。梅の実を売りにいくには、村の誰からも頼られる男でなければなりませんでした。
はやては十二になりました。十七か十八くらいにみえるほど、たくましく成長していました。しかし豊かな体力があるにもかかわらず畑仕事も牛の世話もできないままでした。あいかわらず一言もしゃべらず走り回ってばかりいるはやてをもてあましたのか、村のおとなが誰となく言い出しました。
「はやてに、梅の実を売りにいかせてはどうだろう」
村の大切な仕事を任せていいものか、という意見を押し切って、おとなたちははやてにやらせてみようと決めました。同じ走り回るならそのほうがいいとみんなで決めたのです。
はやては少しの梅の実を持たされてまちまで出かけました。ところが朝に出発したはやてはその日の日暮れどきに村へ帰って来ました。梅の実はありません。村のものは、道に迷って帰って来たのだろうとか、梅の実を川へ流したのだろうとか、少しの損ならまだましだとか、いろいろと言いました。しかしはやてがふところからお金を出すと、みなの顔色が変わりました。大人で一日かかる道のりを半分の時間で行って帰ってきたのです。しかも間違えることなく薬問屋へ梅の実を納めてきたのでした。
村から喜ばれることをした、という気持ちがはやてにわいて来ました。その気持ちはとらえどころがなく、自分の言葉でつかむことはできませんでした。ただ、死に別れた親に手を合わせたいと思いました。
村では少しずつ持たせる梅の実をふやしました。はやてはそのたびごとにお金を持って帰って来ました。何度も行き来しなければならないこの仕事を、はやては喜んで引き受けました。梅の実をまちへ売りに行く仕事は、はやてに任されるようになりました。次の年もその次の年も、はやては間違えることなく仕事をこなしました。
はやてはまちの様子に慣れてきました。まちではお侍や商人やお坊さまや旅芸人やいろいろの人を見ました。商人には、商売のしかたを熱心に説くものがありました。
梅の実を二十ほど売ってもわらじ一足にしかならんが、これをいぶして年を越せばひと粒がわらじ十足ほどになる。やり方さえおぼえれば薬屋をやるんだがなあ。そうだ、おまえさんの背負ってきたかごに、春にゃ木の芽やたけのこ、秋は柿や栗の実をもってきたらどうだ、ここで歩きゃあ買いたいやつらにぶつからあ。あっという間に蔵が立つぞ、なあ。
商人はそう言って笑いました。はやては春も秋も村のために走っていられたらどんなにか良いだろうと思いましたが、はやてにはものを売って歩く才覚はなく、商人からきいた話を村へ伝えることもできません。
まちでは旅芸人がその人なつっこさではやてに「今年も会ったな、おまえも商人になるのか」などと声をかけるのでした。はやてはしゃべることをしないものですから、変わったやつだと覚えていたのです。
はやては、まちのにぎわいを楽しんだり店を見て歩いたりはしませんでした。村のものは、そのうちいろいろの遊びをおぼえるのではないかと心配していましたが、はやては自分のできることだけをまっすぐにやって、おとな顔負けの信用を得たのです。
三
冬になると村にはわるい風邪が流行るのでした。これにかかってしまうと高い熱が十日もひかず、毎年何人かが死ぬのでした。はやてのふた親もこの風邪にかかって死んでしまったのでした。
はやてが十四になった冬、やはりわるい風邪が流行り始めました。その年はどうしてだか村でいちばんの地主の家の者ばかりが風邪にかかってしまいました。体のじょうぶな主人は治りましたが、使用人が次々と熱を出し、とうとう下女がひとり死にました。そうして地主の娘が寝込んでしまったのです。地主の奥さんは、娘でなく自分がかかればよいのに、と泣いておりました。
村に薬はありません。これを飲めば治るかもしれない、という薬は梅の実をいぶして寝かせた「烏梅」というものでした。村で採れた梅の実はまちの薬問屋で烏梅になるのでした。ですから、これを手に入れるにはまちへ行かなければならないのです。まちに通じているのは、凍ってしまった山道だけです。
地主は、はやてを呼びました。まちまで薬を買いに行ってほしいと言ったのです。地主の奥さんは、はやての両手を握って泣いています。
はやてはまっすぐ地主を見て、次に奥さんを見ました。涙のあふれる奥さんの目に、はやて自身の姿がうつりました。はやては母が死んだときの野辺送りを思い出していました。
はやては冬の暗い山道をまちへ行くことになりました。道のりは頭の中に入っています。胸に大きく息を吸ったはやては、これから行くまちの方をぎゅっとにらみました。それは、矢を放つときに引きしぼられた弓を思わせる、力のみなぎった姿でした。
はやてが薬を買いに行ったそうだ、という話はまたたく間に村へ広がりました。夏でさえ、はやての足で半日かかるのです。いくらはやてとはいえ冬の道を夏と同じように進めるわけはありません。村のものは、地主は娘だけでなく自分のわがままではやてまで死なせてしまうのか、とうわさしあいました。次の日もその次の日も、はやては帰って来ませんでした。村では自分たちのうわさ話が本当になったような気がして、だまってしまうものが増えました。
はやてが出発して三日目の夕方、だれかがまちの方から走ってくる、と騒ぐものがあります。みな寒いのに家から出て来ました。遠く走る姿は、はやてでした。
「おうい! おうい! かえってきたか!」
小さなこどもまで一緒になってさけびます。
「はやて! がんばれ! はやて!」
はやては凍った道を必死に帰ってきたのです。あちこちにあざや傷や血の固まったあとがあります。その顔は真っ赤で湯気が立っています。髪は走りつづけて後ろになびき、ながれる汗が凍って固まってしまっています。村のものは、その姿をみて今度は「鬼か天狗か」とうわさをしました。
薬のおかげか、娘は元気になりました。このことはまちにも伝わり、はやてに声をかけた旅芸人が歌までこさえました。旅芸人というのは、ゆく先々で見聞きしたことをものがたりや歌にして人々に聞かせて歩くのです。
四
はやては十五になりました。村では十五になればおとなたちが集まる寄合に出られるのです。寄合とは、田植えをいつにするか、梅の実を売ったお金をどう分けるか、祭りの日取りはどうするか、村のみんなが関わる大事なことを決める集まりです。はやてと同じ年の若者たちもそこへ加わりました。
寄合に出られたうれしさからか、若者はつぎつぎに自分の思うことをしゃべります。おとなたちはそれを見て、さえぎることなく話をきくのでした。話がひとしきりすんだところで、腕組みをしてじっと話を聞いていた年配の男が、はやてを指差して言いました。
「おまえには言いたいことがないのか」
その声はゆっくりとして逆らえないひびきを持っていました。何十年も苦労をつみかさねた大人の重みがありました。
寄合は村をよくしようとする集まりなのです。そこで何も言わないのは、村をよくするつもりがないのと同じなのです。はやてはだまったまま下を向いてしまいました。さっきまで勢いづいてしゃべっていた若者たちも、しゅんとして下を向いています。
寄合は終わりました。はやては外へ飛び出してしまいました。はやてだって言いたいことがあるさ、とかばう者が多くありました。あれだけ村のために走り続けたはやてだもの、はやてのことをみんな好いている。若者はみんな味方でした。寄合に出ればしゃべるようになるだろう、とおとなも見守っていたのです。
けれども、はやてはしゃべれませんでした。しゃべりたくてもただの一言もしゃべれないのです。読み書きができないから、棒きれで地面に字を書いて伝えることもできません。
寄合のたびごとに大人の気持ちは少しずつ変わっていきました。大人だけでなく若者の気持ちもまた、変わっていきました。みんなで意見を出し合って協力して生きていくのが村という集まりなのです。若者たちは寄合のたびに少しづつそれを学び、そして、はやてはしゃべらないままでした。
はやては寄合に顔をださなくなりました。はやてがいなくても寄合は困りませんでした。いろんな意見を出し合っていろんなことを決めていきました。そうしているうちに若者のなかにも、はやてがいないことを気にするものはいなくなりました。
気がつけば、はやては村からいなくなっていました。
はやてが村からいなくなったあとも、歌だけは残りました。
スペース・ルビを含めて42114146文字になります。
今後の取扱いは、ウミネコ文庫に決まりに従います。
よろしくお願いいたします。
最後までご覧下さいましてありがとうございます。またお越しくださるとうれしく思います。