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自閉症T君のお母さん

①お散歩中に

ヒトクチに「自閉症」ていうが、実はそれ、大きな大きなカテゴリーで、その症状や対処は多岐にわたるようです。
今回の記事では、たった2例しか触れませんので、「そんな些細な例だけで、自閉症を語るな!」とのお叱りは「ごもっともです、ごめんなさい、失礼しました🙇‍♂️」とお詫び申し上げます。


梅雨の晴れ間の日、「たまにはチラシ持って歩こ」と思い立ってしまい、とある公園に車を停めて何気なく歩いた。

歩き始めてすぐに上記の親子に遭遇した。
息子さんの手を引いている母。
母に寄り添う息子さん。
ご病気をお持ちの息子さんと分かる。

立ち話をする事、約10分ほど。私は息子さんが気になり、思い切って「自閉症を患ってますか?」と尋ねると、「そうです」と母親。

何もなかったかのようにまた立ち話に戻るが、私の頭の中は、「おさづけ出来ないかなぁ」との思案が渦巻いてくる。
母親は私との立ち話を引き続き楽しむかのような様子。

と、あることに気づいた。
息子さんが笑っている(ように見受けられた)。声を出しての笑いではなく、笑み。
ずっとニコニコ顔だ。

ついに「おさづけを」と切り出せないままその親子と別れた。
すぐに「自閉症」とググった。
そして療育(療養教育)という言葉を知った。

自閉スペクトラム症では、早期の段階でこだわりの強さといった個性を周囲が認識し、社会的な適応がスムーズにいけるように行うことが重要です。自閉スペクトラム症は個性の一種であり、置かれた環境によって大成功する人もいれば、逆に社会の中から孤立してしまい生きづらさを感じてしまう人もいます。前者の場合は“自閉スペクトラム”という個性でおさまる範疇とも捉えることができますが、後者の場合は“自閉スペクトラム症”に陥ってしまうことになります。自閉スペクトラム症の特徴を有する人がうまく社会に適応できるようになり、障害として認識されなくてもすむよう、早期発見からの介入を行うことが重要です。

早期発見を行うことで、親御さんを含めて、本人に対しての接し方が変化することが期待できます。その後、本人に対しての継続的な支援・療育を取り入れることが重要です。

生活に支障が出るほどの症状やその他の病気が並存している場合には、薬による治療が検討されることもあります。薬物療法で自閉スペクトラム症の特徴を根本的に治療することは難しいとされていますが、症状が落ち着くことで生活が送りやすくなる可能性があります。

Medical Noteよりhttps://medicalnote.jp/

息子さんにとっては母親の笑顔が一番の療育なのかも知れない。またこの親子にお会いしたいなぁ、と考えながら歩いた。

②講社祭で

とあるお宅の講社祭。
このお宅には自閉症を患っている22歳のT君がいる。平日の昼間は療育施設に送迎付きで通っている。
講社祭はT君がいない時間帯に勤めている。
なぜか?
それは人が多く寄ると(と言っても私以外は親戚なのだが)T君は興奮して、時には暴れるからだ。
だから、お宅の方は、T君がいない時は、
「安心して落ち着いておつとめができますー」
と洩らす。
ごくたまに講社祭日がT君の在宅時に重なる時がある。おつとめ中、T君は興奮して暴れる。おさづけをし、宥める。

自閉症。T君は染色体異常に拠るらしい。
赤ちゃんの時から母親に連れられて教会に来ていた。T君のお姉ちゃんも連れだって。T君は母親とお姉ちゃんと一緒にいるのが嬉しいらしい。そして、母親とお姉ちゃんの言う事はよく聞く。

講社祭の時も、母親やお姉ちゃんの横でニコニコとおとなしい時もある。
T君にとっての療育の特効薬は母親とお姉ちゃん。
現在お姉ちゃんは実家を離れ社会人として頑張っている。
だからT君の一番の安らぎは母親。

つい先日、このお宅の講社祭に行った。
T君は不在だった。
だからみんな安心して落ち着いておつとめを勤めた。

私は「これでいいのか?」とふと思った。

お話の席で、チラシを持って歩いている時に出会った親子の話しをした。療育の話しもした。
T君は今世では完治するご守護はいただけないかもしれない。だけど、来世もこの家に戻ってきて、また皆さんと笑顔でおつとめが出来たならこんなありがたいことはない、こんな嬉しいことはない。おつとめ中に暴れようが騒ごうが、皆さんのおつとめの声はT君の耳から入り魂に録音される。親神様は、来世はきっと今よりも壮健な身体をT君にお貸しくださるはずだ。T君が居てくれればこその皆さんの信仰かもしれない。T君はまさにこの家の信仰の芯ですよ。月に一度の講社祭。みんな揃って、T君がいる時も、みんなで心を寄せ合っておつとめができたなら、親神様もみたまさまも満足して喜んでくださるに違いない。
来世はT君もよふぼくになることが出来たら嬉しいですよね。
と、少し出しゃばった。

T君の母親、二重瞼の綺麗な両眼を真っ赤にして涙を流している。
ほぼ24時間体制でのT君のお世話。おぢばに帰りたい、早くよふぼくになりたい、だけどなかなかそうできない現実。そんな純粋な信仰をお持ちの母親。

7年ほど前、私はこのお宅に繋がる皆さんで団参をしましょう、と提案して、マイクロバスを借りてきて1泊2日、15名でおぢばがえりした。
T君も一緒。母親は別席を運んで下さった。別席時間中、T君のお姉ちゃんが詰所でT君の面倒を見てくれた。母親は終始嬉しい楽しい有難いおぢばでの時間を過ごせた。
片道4時間余りの道中、T君は一度も暴れなかった。お母さんは驚いていた。団参に同行したみんなも驚いたし、それが嬉しかった。

先日の講社祭のお話の席で、私はその時の団参の話しもして、また皆さんでおぢばを目指しましょう、と結んだ。

③終わりに

自閉症など、誰かがいつもそばに居て、生活の手助けを必要とする病気はたくさんある。
大切なのは、いつも笑顔でニコニコと寄り添ってくれる人の心だと思う。
「そんな、簡単に言うなよ」
とのお叱りはごもっとも。
寄り添う人には、寄り添ってサポートする人も要る。
人と人との繋がりが今こそ、そして、これからもずっと必要。親神様の御教え下さった、世界一列兄弟という旗印は、どんな信仰を持とうが、無信仰の方であろうが、人として持つべき心ですね。

そして!
おたすけって、連鎖するんですね。
時々そのように感じる時があります。


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