静かの海
あー、ヒューストン、こちら月面調査隊、只今より、静かの海に突入する。
通信が途絶える可能性がある、危険が迫っていればすぐに脱出する。
静かの海に突入し、内側を調査する。
今、月面から突入した。静かの海は穏やかである。
あくまでも、何もない。
空間が広がっているだけである。どこまで続いているのか不明である。
ぐんぐんと沈んでいく。
黒い空間がつづいている。
ライトをつけて底を照らしているが、光は闇に飲み込まれる。
果てしない深さである。
現在月面から、200m、まだ果てはない。
当然、音はない。
いや、なんだ、音が、音楽が聞こえる。
どこかで聴いたことのある、音楽だ。
なんだ、これは、どうして、ヒューストン、これは世紀の発見かもしれない。
静かの海に音楽が流れている。
明らかに人為的に組み立てられた音楽だ。
思わず、手足が動いてしまいそうな、音楽だ。
リズムはゆっくり、ドラムが刻むビートはエキゾチックだ。
この音楽に合わせて手足を動かせば、愉快な気分になれそうだ。ヒューストン、聞こえるか。この音楽が、そこはまだ見えないが、闇から音楽が生み出されている。
本当に、何もないのに、聞こえるのだ。
レコーディングしている、私の聞こえている音楽がちゃんと残るように願っている。
私の幻聴ではないか、と自分自身疑っている。
なぜなら音楽を生み出すものは何もない。
けれど、音楽が聞こえるのだから。
今、何か見えた。ヒューストン、静かの海、1000m付近、空間にできた穴蔵に何か、見えた、ネオンのようなもの、見えたが、そのまま沈んでいる。
すぐに止まることができない。
けれど確実に、あれは音楽を生み出している装置のようなものなのかもしれない。
ラジカセだ。
そういう形をしていて、電源ボタンが光っていた、という感じだった。
はっきり見たわけではないけれど、それなら説明がつく。
ラジカセから流れているのは東京音頭だ。
今思い出した、このリズム、笛、太鼓、手足を動かせば広がる、祭りの風景だ。
ヒューストン、信じてほしい。
静かの海で、うさぎが東京音頭を踊っている。