紙魚を摘む
本の上を歩いていた紙魚を摘む。
紙魚は虚無の中にいて、僕が摘んだことに気づいていない。
彼は、何か訴えるように頭をもたげて、僕を見る。
その目が見えているのか、またはただ摘まれたことに対する反応で蠢いているだけなのか。
どちらにせよ、僕と目が合ったのだ。
やあ、と僕は声をかけてみる。
紙魚が答えるわけはないが、その代わりに頭を逆の方向へ動かす。
それは拒否していると言うことか、と僕は続ける。
違う、と紙魚が答える。
僕はもちろん、空耳だと思って、辺りを見回してみる。
誰もいない。
違う、と紙魚が繰り返す。
喋れるのか?
英語は苦手だ、と言うか全く使えない。
僕も。
日本語、上手ですね、と沈黙になりかけたので、聞いてみる。
学習した。本を少しづつ食べて、ひたすら学習した。
だからもしかすると偏っているかもしれない。
私が食べられる量に限りがあるし、移動できる距離にも限りがある。
ずいぶん、知性的な本を食べたんでしょうね。
そうかもしれない、と紙魚は言ってから、たばこを咥えた。
火をもらえるか?
どうぞ、とライターを渡そうと思ったが、紙魚に手はない。