見出し画像

灯りを付けてよ、

「ねえ、どうしてこんなに暗いの?」

あなたは何も覚えていないのね
あの子のために崖に咲く一輪の
美しい花に手を伸ばして
奈落の底へ落ちたこと

県の外れの病院に
救急車で運ばれた
メイストームの夜
木枯らしに混じる
新生児の泣き声よ、

深夜に見たあなたは
朝とはまるで別の人

病室の壁には悔しいよ!
とベッドの上で叫び続け
点滴に繋がれている狼の
孤独な影だけが映し出されて

天から降りてくる命と
地上を放れようとする命
この星で繰り返される営みを
私たちはただ遠くから
みつめることしか出来なくて

「今夜が峠です」だなんて先生、
ここは山の中ですか、
それとも世界の果てですか

私は椅子の上でそのまま朝を迎え
病院のロビーをフラフラ歩くと
4月の朝ドラのヒロインの弟が  
こちらに向かい、ささやいた

「周波数が合わないんだよね」

ロビーのガラス窓の向こうには
町に架かる橋が見える
行き交う車には
眩しい朝陽が輝いていた
輝いて、いた

もう二度と帰ることの
出来ない昨日の
私たちを照らすように、

ママ、
テラスには出られないの?

振り返った私は
あの子を抱きしめて
泣いた、
朝陽が架かる橋を行き交う
車のミラーが眩しくて  
まぶ、しくて

廊下の向こうから
あなたの声が聞こえる
灯りを付けてよ、と

十年経った、いまでも 

#自由詩
#現代詩
#世界は何も変わらない













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?