(気の滅入らない)有木誠の癌闘病日記55(富士宮名物曽我漬け)

お土産に写真の「曽我漬」を頂いた。

富士宮市の産物で、これがどんなに美味しく、貴重な一品であるかについては、今日のところは置いといて、歴史について思いをはせてみたいと思う。

この美味なる商品、そのネーミングは、鎌倉時代に起きた「曽我兄弟に依る仇討ち」に、準拠しているのはすぐ分かる。
その舞台が源頼朝により富士裾野で実施された巻狩りの現場だったから、縁がある。

子供の頃「曽我兄弟物語」というタイトルの物語りとか漫画を、よく読んだ。
「悪い奴に親を殺された兄弟が、耐えて耐えて、仇討ちを果たす」というストーリーとして書かれていて、読んだ自分も感動したのを覚えている。

ところが、この歳になって、逆の立場からこの「事件」を見ると曽我兄弟による「テロ行為」という見方も可能になる。

また、もう少し俯瞰して見ると、本件は「曽我家と工藤家の領地争い」の一過程で起きているのであって、
長年の両家の、領地の分捕り騒動の中、工藤祐経が曽我兄弟の父親を殺した。
で、兄弟が工藤祐経を殺した。
ということだ。
「領地」は土地の事だが、そこで働く農民も含まれる。
「領有される」側の農民から見れば
「どっちもどっち。どうでもいい話」
なのだ。

こんなに感じで、歴史は、見る角度で色んな見方が生じる。

「ファクト」だけを信じようと思っても、ファクトの材料になる史料は、書いた人間のバイアスが入るので、簡単に信じる訳にはいかない。

ことほど左様に、歴史は面白い。

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