春桃

かつて読んだ歴史小説の登場人物
さぞ辛かろうと思うような場面でも
穏やかでいて 分け隔てなく 接する
その人となりが 長く印象に残り
後に ゆかりの地を訪れた

かつて 戦乱の世から 泰平の世となり
人々の暮らしぶりが 大きく変わった頃と
現代と 何百年もの月日を経ても なお
当時の面影がうっすら残っていそうな
淡い色合いの 里の春
ほんのり 野焼きの匂いがした

自分へのお土産としたのは
桃の花びらのような絵付きの湯呑み茶碗
ちょっとでこぼこがあり
掌に包み込むと 心静かになれた
いつしか ひびが入り
もう手元にはない

田のあぜ道近くに
露地いちごが売られていて
日の光で 袋ごと温まり
内側に水滴がついていた 
小粒で とびきり甘く
その時と同じ味には
ついぞ 出会えずにいる

少しばかり前 偶然訪れた先に
万葉の和歌と桃花の写真とが
飾られていた 

それを見るうち 不思議なことに
これまで 思いもしなかった
その詞の箏の練習曲の旋律と 
旅の記憶とが 結びついたのだった



















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