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進化する物質 進化が続かない


初めに

進化する物質がある。
その進化を繰り返していくと、それがいつか生命になる。
その進化する物質がRNAであり、それを実現する環境がRNAワールドです。
前回のシリーズ「生命の起源」では、進化する物質を追及してきました。
今回はこの「進化を阻むもの」を取り上げてみます。

進化の実験

進化の研究は「人工的に細胞を合成して生命を理解する」が中心です。
その中心となる研究会が「細胞を創る」研究会です。
2023年は市橋先生が大会実行委員会委員長でした。

1.RNA複製酵素とRNAによる進化実験

方法

1967年 スピーゲルマンらが初めて分子の人工進化を報告しました。
RNAとRNA複製酵素を混合し、RNAの複製を繰り返させるという方法です。
原稿(RNA)1枚とコピー機(RNA複製酵素)1台に相当します。
シンプルですが、突然変異と自然選択の発生を初めて示した実験でした。

勉強会資料

結果

結果は、短いRNAが短時間で増殖され、培地を埋め尽くしてしまいました。
報告は「進化に従ってRNAは短くなり、進化が止まってしまう」でした。
増え易い分子(短く単純な分子の場合が多い)が集団を占め、材料がなくなって進化は終わるという結果です。

考察

結果は、複製を続けるほど単純化されました。
・コピーミスが時々発生し、RNAがどんどん短くなっていきます。
 考えてみれば当たり前です。
 コピーミスされて短くなったRNAの方がコピーし易い。
 複製酵素にとってRNAは単なるお荷物に過ぎません。
・これじゃとても進化とは呼べません。
 「品質は気にしないで全部コピーせよ」と言われたのと同じだから。
途切れなく進化を続け、より複雑にするって方法があるのでしょうか?

2.自己複製RNAによる進化実験

方法

市橋先生は、以下のシナリオを考えて実験を改良しました。
・進化の性能が悪い(品質に無関心)からいけないのでは?
・RNA自身を複製する遺伝子を持ったRNAを作ればいいのでは?

勉強会資料

結果

結果は絶滅でした。
変異の多くは進化ではなく単純化(複製能力の喪失)です。
失敗作も複製酵素で複製されるので、複製能力のないRNAが増えます。
まるで悪貨が良貨を駆逐するようです。

勉強会資料

考察

複製時に導入されるほとんどの変異は複製酵素遺伝子の機能を破壊します。
壊れたRNAであっても、正常なRNAが作った複製酵素に相乗りして増える、いわば「ただ乗りRNA(寄生体RNA)」が生まれます。
寄生体RNAは自分で複製酵素遺伝子を持つ必要がないのですぐに短くなり、急速に複製することで元のRNA(宿主)の複製を阻害してしまうのです。

もしこれが細胞で行われたのなら?
細胞のように区画構造を作り、区画あたりRNA1分子だけにしたら?
自分で複製酵素を作れない寄生体RNAは複製できず淘汰されるはず?
複製酵素を作れた区画だけが複製を続けることができるはず。

3.膜構造を与えて進化実験

方法

区画構造を作ってみました。
細胞一個分と同程度の大きさの水滴を作り、水滴に材料を入れました。
水滴は、水と油を攪拌してマヨネーズ状に乳化させたものです。

勉強会資料
勉強会資料

結果

進化して複製速度が1000倍になるという成果はありました。
寄生体は進化が止まるようになりました。
しかし、正常な区画も進化は止まってしまいました。

考察

まだこれは生命の進化ではありません。
複製と進化ができたからって、生命の進化と何かが違います。
ここから先の進化実験は後編とします。

勉強会資料

市橋先生の感想

初めての進化実験は感動的だったとの市橋先生の感想です。

人工細胞の進化は劇的です。
実際の生きものを使った進化実験とは全く様相が異なっています。
ショウジョウバエでは、何十年と進化実験を続けても、見た目上は少し足が短くなった程度のわずかな変化しかみられません。
より世代時間が短く進化が速い大腸菌でも、生存に有益とみられる変異はめったに観察されません。

いっぽう僕らの人工細胞では、実験の最初と最後で複製速度が1000倍も増加するなど、劇的な変化がみられるのです。
寄せ集めの分子からスタートする人工細胞は、既に洗練を重ね、有益な変異を採用し尽くした今の生きものとは違って、改良の余地が山のようにあるのでしょう。
言い換えれば、今の生きものは大腸菌であろうとハエであろうとすべて、何万年・何億年もの生存競争を勝ち抜いて頂点を極めたエリートなのだということです。

人工細胞の実験は、未だ細胞さえ確立していない原始の世界を垣間見るようです。
そこでは人間の理屈に合わないことが次々と起こります。

RESEARCH & PERSPECTIVE 細胞の進化・生きものの条件

終わりに

進化実験は「常に生命とは何か」を考えながらの実験です。
課題を一つ乗り越える度に生命観の改定が必要になるようです。
先生の論文や記事を読むだけの私も、生命観が大きく変わりました。

生命の起源が分かるにはまだ多くの謎があります。
謎を乗り越えるには、生命観も大きく変えないとならないようです。
複製して変異するだけでは進化とは言えません。
進化から取り残され、生き残れない・・・これって絶滅ですね。
続編のテーマは「生命らしい進化とは何か」とします。
あなたの考える「生命らしい進化とは何か」を考えておいてください。


進化する物質】新マガジン
それがいつか生命になった
進化が止まってしまう(本記事)
生命らしい進化とは何か(続編)

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