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小説 フィリピン“日本兵探し” (21)

宮田から共産ゲリラとの仲介を依頼され、どのように話を進めるのがよいかを考えあぐねていたマサにタカシが声を掛けてきた。
「マサさんと電話で話していた日本人のマリアという女。公安調査庁のルートで聞いてみたら、どうやら北朝鮮の工作員の可能性がありますよ。キム・ソラ、北九州の折尾の朝鮮学校に通っていたそうです。その後、帰国事業で万景峰(マンギョンボン)号に乗って北朝鮮に渡り、消息を絶っていましたが、現在は日本国籍の山本マリアということで、フィリピンに滞在しているようです」
マリアは工作員がよく使う手である、死亡していたり消息不明になっていたりする日本人になりすまして入国する背乗りをしていた。

「折尾やったら、タカシさんと同郷やんね。一度会って話したら、ちゃんと話が通じるかもよ」
軽いマサの言葉にタカシは薄ら笑いを浮かべた。
「大使館の宮田書記官は、こっちに来るってですか?」
「うん、来るっち。明日午前に、カトゥバロガンの俺だんのホテルを訪ねるって」
「そしたら、きょう一回、マリアに会って、話をしておきましょう」
タカシは、アキラを通じてマリアに連絡を入れ、1時間後にジュンのレストランで会う約束をした。ジプニーは1台しかないため、サミエル、クレア、クアトロの3人もついて来ることになった。

「あんたら相当ヤバイと思うよ。ミンダナオ島の毒ガステロが絡んでいるんでしょ。アキラから聞いたわ。マリアって女、北朝鮮の工作員っていうじゃない。やめときなって、会いに行くのは」、クレアはタカシを説得した。
「アキラさん、もうそんなことをクレアたちに話しちゃったんだ」
タカシは少し考えて続けた。
「俺は、元々はスクープをものにするために日本兵探しが目的だったんだが、旧日本兵の気持ちを日本国内や世界に伝えるのが今は最も重要と考えているんだ」
「気持ちって?」
「俺は、日本人があなたを探しに来ましたよと日本兵に説明すれば、その人は驚いて、喜んで日本に一緒に帰ってくれると思い込んでいた。でも、今回の谷口少尉はそうではないらしい」
「フィリピン人の思いも日本に対しては複雑だよ。いっぱい殺されているから」
「だから、何を受け入れれば、日本人が許しを請えるのかが知りたいんだ」
「受け入れるべきは過去の歴史だし、誠心誠意、迷惑をかけた人々に許しを請い続けるべきなんじゃないかな」
「そうかもな。谷口少尉は、日本人がバブル崩壊で自信をなくし欧米には媚びへつらいながらも、アジアでは先進国ヅラし続けている、その誠意のなさを嘆いているのかもしれない」

ジプニーは、カルバヨグにあるジュンのレストランの前に止まった。
「マリアさん、われわれ来ましたよ!」
タカシが店に入って声を掛けると、マリアと共産ゲリラのジュンが奥から出てきて、タカシとマサだけを中に通した。奥の部屋には、けがをしているアウアウが床に座り込んでいた。4人は応接セットに向かい合って腰を下ろした。タカシはポイントを5つに絞って話を進めた。旧日本兵の生存、ガイドのハルミの生存、財宝や、遺物である毒ガスの有無、毒ガステロの目的、日本大使館との接触の可否だった。

「谷口四郎少尉には会えるのか?」
「交渉の中身次第だ」とマリア。
「彼とはしゃべったのか?なぜ谷口少尉という名前が分かった?」
タカシが問い詰めるとマリアが古い白黒の写真を見せた。
「妻と撮った本人の写真だ。裏を見ろ。『比に出征、少尉、谷口四郎』とある」
ワライワライ語でジュンがアウアウに「こいつが会っていた日本兵か?」と尋ねると、アウアウは、コクリと頷いた。
「白骨の島までは船で30分ほどだ」、ジュンが英語で付け加えた。

「ハルミさんはどうした?」とタカシが次の質問をした。
「ミンダナオ島にVXガスを運んでもらった。オバさんは目立たなくていいからな。島のNPAの拠点に保護している」
「実行犯として、ハルミさんを使ったのか?」、タカシはジュンに矢継ぎ早に聞いた。
「まさか。実行部隊はうちの精鋭が務めたよ」
「そのVXガスは、谷口少尉が持っていた物か?」
「持っていたというか、すごい量なんだぜ。砲弾の形をした物と、特殊な容器に入った物がある。液体の量にして300リットルという感じだろう」

「今回のテロの目的は何だ?」
タカシが聞くと、ジュンはアウアウに「あれを見せろ」と声を掛けた。
アウアウは言われるがままにポケットに入れていた丸福金貨をテーブルの上に出した。
マサはそれが、ジュンのブラフだと直感で思った。その丸福金貨は、パオパオやジェイジェイと同じく、マニラの豪邸から盗まれた物だ。谷口少尉が持っていた物とでも言うつもりなのか。

そのマサの表情を先に読んだのは、マリアだった。マサが「これは谷口少尉が持っていた物なの?」と聞くと、すぐにマリアは「これは違う。参考用のサンプルだ」と説明した。
「実は、この若者、マニラにある私の家に入った強盗なんです。他に2人いるんですが。まず彼をマニラの警察に突き出して、他の2人も捕まえたいんですよ」
マリアは山下財宝に興味があり、ジュンにも資金援助しているなどと話を日本兵からそらした。

「明日、日本大使館の宮田さんという一等書記官をここに連れて来たいのですが、会ってもらえますか?」、タカシが聞いた。ジュンもマリアも会ってもいいと返事をしたが、その目的をタカシに聞いてきた。

「それは俺が答えとこ。テロの毒ガス。あれは谷口少尉が持っちょったものやなかろ?逆にそっちが、『いいやあれは谷口少尉が持っとった物ですよ』っち言うんなら、その証拠ば見せてっちゅうことやね」、マサはジュンとマリアの表情を読みながら説明した。
「通常のゲリラが持てる兵器じゃないですよ。VXガスは」とジュンが答えた。
「通常のゲリラならそうですが、バックに武器を援助する国が付いていたら別でしょうね」
タカシは、バックに北朝鮮の存在をほのめかした後、一言付け加えた。
「マリアさん折尾出身って。いとうのお好み焼き、食べていました?広島風の」
この言葉を聞いて、マリアの表情が変わった。

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