7.債権差押命令

 初夏の日差し厳しい折。久しぶりに元綺羅星金融の影山から電話が入った。

藤原「お久しぶりです。お元気にされていましたか」

影山『何とかやってるよ』

藤原「今は何をされてるんですか?」

影山『実家の風呂屋を手伝ってるんだ』

藤原「それは、銭湯…ということですか」

 俺の言葉の微妙なトーンで影山さんは察したようだ。

影山『今、藤原さんが思ったことを当てようか』

藤原「え?」

影山『また斜陽産業で働いてるんだな、こいつ、ってね。街金の次に銭湯かって』

藤原「え、いや…そんなことは…」

 正直図星をつかれたので狼狽えた。事実、銭湯はどこもかしこも経営が厳しい。今は誰もが家に風呂がある時代だ。需要は必然的に右肩下がりにならざるを得ない。

影山『そこは頭の使いようでね。レジャー施設化だよ』

藤原「大型温浴施設と勝負なんかできますか?」

 何とかランドとか何とかワールドとか。大阪市内にもそういう有名どころは枚挙に暇はない。

影山『あんなのと勝負になるわけないでしょ』

藤原「じゃどうするんですか」

影山『地元に息づく名所にするんだよ』

藤原「メイショ?観光名所の名所?」

影山『そう。名所は誰からも愛されるだろ』

藤原「確かに」

影山『銭湯って昭和の頃はコミュニティーの中心だった。老若男女が集い、交流する場だった。つまり誰からも愛される場所だった』

藤原「そうか」

 幼少期、俺も母親に連れられ毎日銭湯に通っていた。母親が湯煙の中、誰彼となく気安く会話していた情景が蘇る。銭湯に通う身分では誰も生活は楽ではなかったはずだが、みんなとても楽しそうだった。

影山『あの光景を復活させるべく奔走してるんだよ。志に共鳴して、若い人たちが最近集まって来てくれてさ』

藤原「へー、凄いじゃないですか。で、話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、今日は何の用ですか」

 世間話に終始していると、先輩事務職員の視線が厳しくなるからだ。

影山『ほんとに話の腰を折るじゃないか。まあ、藤原さんもぜひウチの銭湯に来てよ』

藤原「結構遠いんじゃないんですか?」

影山『茶臼山だよ』

藤原「茶臼山?天王寺の?」

 茶臼山とは大阪市天王寺区にある古墳の名称である。山ではない。今は公園になっている。ここは大坂冬の陣で徳川家康が本陣を敷き、夏の陣では真田信繁が本陣を置いた地として著名だ。

影山『来てくれたら、客を紹介するからさ』

藤原「うまいですねぇ、営業が」

影山『そりゃそうだよ、こっちも必死なんだから』

藤原「分かりましたよ。今度行きますよ」

影山『今度っていつよ?』

 よほど経営が切迫してるのか、妙に急き立ててくる。

影山『実は紹介したい客がいるんだけど。これが電話した用件なんだけれどね』

 そういうことなら話は別だ。

藤原「じゃあ明日の土曜日に行きますよ。営業は何時からですか?」

影山『15時だよ』

藤原「じゃ15時に伺います。ガラガラの方が良さそうですもんね。客として行きますんでよろしく」

影山『もちろん。丁重にお迎えいたしますよ』

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