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No. 5 英語教育とidentityについて④ 【アンビバレントな私たち】

はじめに

英語教育(もっというと語学)とidentityというテーマで投稿して数回。なんとなくidentityというものがどのように議論されているか見えてきているのではないかと思います(hopefully)。ただ、Norton (2013)だけではまだまだ、identityという複雑なやつを理解することはできません。
そこで、今回は、Block (2014)を扱っていきます。これもまた、語学とidentityに関心のある人なら必読の本(良書)です。なんせ本のタイトルが"Second Language Identities"ですからね!これもまた繰り返し引用されることになると思うので、興味のある方は購入してみるのもいいかもしれません。それでは簡単にまとめていきましょう!

identitiesとは?

Block (2014)の第2章では、社会科学においてidentitiesがどのように議論されているかがまとめられています。以下の引用をお読みください。

"In a nutshell, these social scientists frame identities as socially constructed, self-conscious, ongoing narratives that individuals perform, interpret and project in dress, bodily movements, actions and language" (p. 32)
まとめると、社会科学者たちはアイデンティティを以下のようなものであるとしている。それは、社会的に構築されるもの、自己認識、個人が演じたりするもの、服装や身体の動き、行動やことばで解釈したり投影したりする進行中の物語である

"Identities are about negotiating new subject positions at the crossroads of the past, present and future" (p. 32)
アイデンティティとは、過去、現在、未来の交差点で新しい主体のポジションを交渉することだ

いかがでしょうか?あまり上手に訳せなかったと思いますので、自分の言葉で簡単にまとめるとこんな感じになります。

「identitiesは、固定された本当の自分のようなものではなく、社会生活の中で自分で決定したり、表現したり、社会に決められたりするもの」

これを踏まえると、identityはいつもすんなり気持ちよく決まるわけではないということがわかります。たとえば、Blockは人々がidentityを決定していく営み (= identity work) をする中で経験するものとして、相反する感情 "ambivalence" (p. 24)、不釣り合いな力関係 "unequal power relations" (p. 32)、異なるコミュニティ間で生きる難しさ(私の少しオーバー?な意訳)などを指摘しています。確かに、ことばを通じてidentityのやりとりをする中でこれらは経験するものです。身近な例をあげてみましょう。

ambivalence:

  • 「良い人」でいたいのに、今日は思っていることをはっきりと言わなければいけないぞ... 

  • 「良い母」と思われたいから、疲れているけどインスタで子どもの写真をあげていい感じの文章を書いておこう...

  • (英語学習者)ネイティブのようになりたいとは思わないけど、発音悪いと恥ずかしいしそれっぽく音読しておこう...

unequal power relations:

  • 彼は自分より1年早く入社したから後輩らしく敬語を使わないと...

  • あの飲み会行きたくないけど、上司に誘われたから断れないな、「はい、行きます」...

  • (英語学習者がグループワークで)発言したいけど、間違ってると嫌だしどうしようかな...あ、何も言えず終わっちゃった...

異なるコミュニティでの難しさ

  • この人たちには本音を話すのはやめておこうかな、なんか気まずくなりそうだし...

  • このグループ、誰も仕切ってくれないな。仕方ない、まずは自分が発言するか...

  • (英語学習者)本当はしっかりと発音できるけど、このクラスでそれをやると浮きそうだし「カタカナ 発音」で読もう...

少なくともひとつくらいは経験したことがあるのではないでしょうか?あるいは見聞きしたことがあるのではないでしょうか。このように、日常のidentity workのなかで、人々は難しい場面を経験します。だからこそ、英語学習に取り組む際にidentityについて考えることは非常に意味のあることだと私は思っているのです。

また、これまでも何回か書いてきたように、identity workのなかで人々は自分の知らなかったidentitiesを発見したり、表現したいidentitiesを手に入れることもできます。たとえば、「異なるコミュニティでの難しさ」の2つ目の例では、図らずも「リーダシップ」を高めるチャンスを得ていますし、もしこれが英語での活動なら、リーダーとして発言権をたくさん得られるので、スピーキング力アップにつながるはずです。

おわりに

以上のように、identityは社会的な営みで決定したりされたりしていきます。また、そのようなidentity workのなかで、人々は難しさも経験しますが、それは同時にチャンスにもなり得るということです。

・・・うーん、難しい。そう思ったあなた、全く問題ありません。何を隠そう、著者であるBlockでさえ、以下のように述べているのです。

"identity is a complex and multilayered construct" (p. 32)
アイデンティティは複雑で多層的な概念だ

焦る必要はないですね。楽しく学んでいきましょう!笑

英語学習者のみなさま

上記のように、英語学習にはidentityが関わってくるので、時々不本意なことや嫌な気持ちになることもあります。特に、帰国子女の人や留学に行く人はよく経験します。つまり、文化差が大きい場面でそれはしばしば現れるのです。多かれ少なかれみんな経験することなので、あまり気にしすぎず、そしてできれば悩みは誰かに相談しながら、うまく切り抜けていって欲しいと思います。

英語教育者のみなさま

生徒の感じるambivalenceに敏感になりましょう。前回の私の投稿のようにならないように願っております(前回の投稿)。。。また、教師と生徒の関係はそもそもunequal power relationsであることも認識しておく必要があります。十分注意していてもそれを生徒に感じさせてしまうことがありますので、そうならないためにも、生徒にはmodestなidentityを見せていく必要があるのかもしれません。たとえば、自分も同じ英語学習者(ネイティブの場合は他言語の学習者)であるということを示すのも、一つの見せ方です(いずれこのことについても書きますね)。

参考文献

Block, D. (2014). Second language identities. Bloomsbury.
Norton, B. (2013). Identity and language learning: Extending the conversation. (2nd ed.). Multilingual Matters.

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