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隆慶一郎の凄味

世間様の時代歴史作家の皆様がめざし憧れる対象は、だいたい池波・司馬の両巨塔でしょう。夢酔も憧れるし、参考になる技法はある。
しかし、物語の淀みのなさや、枚数を費やしても苦痛がない透明さ。その大胆な推測が、史実と誤解してもおかしくのない相互性の妙。真似することも適わぬ達人。
隆慶一郎
遅咲きの名人という言葉が相応しい。
知らぬ。作品も知らぬ。知らぬ存ぜぬ。
そういう不埒者に、三つの作品を提示しよう。知らぬとは申させぬ。
「一夢庵風流記」「捨て童子松平忠輝」「影武者徳川家康」
なに、まだ知らぬと申すか。
この男の漫画の原作こそ、「一夢庵風流記」じゃ!

前田慶次、いまや日本で知らぬ者なき傾奇者!

慶次の傾奇っぷりを描いたのは、隆慶一郎だ。それをジャンプまんがにしただけのこと。そのあとに漫画になったのが

影武者だ。

これもジャンプまんがで、ガキどもにも知られたものだが、とても壮大な小説。ジャンプまんがは途中で終了。

そのあとで島左近にスライドし北斗の拳ばりなバトル漫画にされてガッカリしたけど
本来は、大河小説と呼ぶに相応しい重厚な作品。
大胆な推察と史実の融合性の技は、右に出る者なき凄味があった
ドラマにもなったけど漫画をふくめてビジュアル化の不粋、という例えが妥当ではないだろうか。

松平忠輝のものも、家康が本物だったという点を軸にした、伝奇的な部分が説得力を発揮する。
ほかにも傑作はあるけれど、この三作あれば、十分に隆慶一郎の世界に酔うことが出来る。漫画のおかげで薄っぺらい「義」や誤解される「傾奇」が世の中に定着した。あとパチンコのせいもある。

思うに夢酔の生涯は傾いたことだらけ。
キャリアを重ねても惜しげなく捨ててみたり、今年三度も給料未払い食らった(マジだよ)報復を考えるのが胸躍る。ガキなのだろう。本気でやらかす、常識など考えぬ。
反骨こその生涯だが、代わりに文筆の窮屈を強いる悪しき環境から解き放たれて、心だけは自由になった。
しかし、隆慶一郎の奥義には到底及ばぬ。

「逆境であることこそ華である」そういって笑える男でありたい。

隆慶一郎はそのことを作品にまぶしている。それが眩しい。死生観にも等しい。

到底、及ばぬ達人であると、降参するより他なし。
なのである。
皆様は、どうでしょうか。
高き嶺は抱いておりますか?敵わずとも、臆さず血まみれで立ち向かっておりますか?