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《千鳥鳴声》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~七十八の歌~

《千鳥鳴く声》原作:源兼昌
須磨の丘に菜の花を摘めば
沖の淡路の島に雲間から光さす。
「わぁ~!! 神様が降りてきてはるみたいやわ」
貴女は眩しそうに天を仰いだ。
――その姿、君こそ舞い降りたばかりのサモトラケのニケ――

(注)サモトラケのニケ=ギリシャのサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発掘され、現在はルーブル美術館に所蔵されている勝利の女神ニケの彫像。優美でダイナミックな姿や翼を広げた女性という特徴的なモチーフなどが印象的。

<承前七十七の歌>
大屋根の頂上に登った二人の目の前には嵯峨野の森が見下ろせ、遠く亰の街がぼんやりと闇に浮かんでいた。その一画に炎が見える。
「あれこそ怪し火。何者かが火を放ったのでございましょう。今、あの邸に満ちておりますのは阿鼻叫喚」
「何故にそのような悪事を働きますの?」
式子は瞳に怯えをみせた。
「この日ノ本の地には貧しさと悪疫が満ちております。それは下々の者にとっては眼の前に死を見るようなものでございます。さすれば、何をしても生きてゆかねば、と思い詰める輩が現れるのは必定」
「淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に幾夜寝ざめぬ 須磨の関守」
式子が溜息とともに歌を唇に乗せた。
「千鳥の鳴き声にも似た人々の嘆きの声に、日ノ本のありようを自ら覚えるのは、さて幾夜となりましたでしょう。この定家という須磨の関の番人に為す術は何もございませぬ」
定家は悲しそうに頭を振った。
<後続七十九の歌>


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