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《あれが噂の……》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~七十二の歌~

《あれが噂の……》原作:祐子内親王家紀伊
「わし、びーびー泣いたる。もう、止まらへんで」
「いったい、どないしたん?」
「好きな女がいるんやけど、ふられそうなんや」
「好きな女って高師の奈美ちゃんと違うか?」
「ちゃうわ!」
「ほんならわしがナンパしてもええか?」
「あかん!」
「ほら見てみいな。図星や。まっ、奈美ちゃんアラサーでかわいいしな。けど、やめとき。じつは、あのこはニューハーフやで」

(注)高師=愛知県豊橋(とよはし)市の一地区。旧高師村。『和名抄(わみょうしょう)』には高蘆、のちに高足

<承前七十一の歌>
舞いが終わり、式子の横笛の音が影を曳くように消えると、定家は深い溜息をついた。
「式子様、お手を。今より、あの泉にて汗を流させたまえ」
式子は頷くと手を定家に授けた。
「音に聞く 高師の浜の あだ波はかけじや袖の ぬれもこそすれ」
式子は上目使いに定家を見た。
「式子様、この定家はさように移り気ではございませぬ。それが証拠にずっと式子様を想い続けております」
「ならば、わたくしも定家様に想いをかけて涙で袖を濡らすこともございませぬ」
式子は定家と共に濡れ縁から階を降り、先ほど脱ぎ捨てた内着を集めつつ泉に歩を進めた。
<後続七十三

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