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《源氏の悲劇》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~六十四の歌~

《源氏の悲劇》原作:権中納言定頼
接吻の後、泣いた。
宇治の川霧は深く、濃く流れている。
誰にも見られるおそれはない。私は恋してはいけない斎の姫皇女を褥に迎えていた。
きつく抱き締められた斎宮は息も絶え絶えに告白する。
「誰かに知られたら、うちらはもうおしまい。たとえ、誰も知らなくてもお陽ィさんだけは知ってはる。どないしたら、ええの、定頼」
露われてしまう恋?
秘めておく恋?
瀬々の網代木が囁く。

<承前六十三の歌>
「定家様、寝衾並び酒(ささ)をお持ちしました。いずこへお持ちいたしましょう?」
定家は一糸さえ身に纏っていない。
「そこに置き、下がれ」
宿直の女房は小首をかしげたが、言われるままに寝衾と冷たい酒を部屋の入り口近くに置いて下がっていった。
「どうされますの、定家様」
式子が忍ぶように笑いながら、定家に問いかけた。
「取りにゆきます」
「そのお姿で? 女房に見られてしまいますのでは」
式子は定家のうろたえを楽しんでいた。
「朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木」
そう謡うと定家はとぎれとぎれの闇に紛れて式子の視線を躱しながら濡れ縁にし置かれた寝衾と酒を几帳の傍らに持ち帰った。
<後続六十五の歌> 

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