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嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~七の歌~

《しあわせになりぃや》 原作:安倍仲麿
おいてきたんや、アンタを。
連れて行っても苦労させるだけやし。
今時まだ夜汽車なんてもんあったんやな。
冬の月が壊れそうに山の端に浮かんでる。
今は冷えた酒でアンタの面影抱きしめるほかしょうがないな。

(注) 山の端=やまのは。

定家「おいてきた、アンタって仲麿はん自身のことやろね。今さら、寧楽の都に戻っても、苦労が待ってるだけと分かってたんとちゃうやろか。天の原 ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に 出でし月かも。この歌は帰るのを諦めた時のもんと思う」

蓮生「そうかもなぁ。けど、夜汽車って何なん」

定家「分からん。寧楽の都に宿を借りた時、月のしじまに独り沈んで浅い夢を見たんよ。仲麿はんが見させた夢かもしれへん。白くて荒い大息吐いて、黒く饐えた煙を撒き散らす見たこともない大きな牛車が現れた。それが夜中、ひとりでに動き出すんや」

蓮生「仲麿はんは寧楽に帰るの諦めた。唐の地を終の棲み処と思い定めたんやな。ほいでもって、最後は奇怪な牛車に乗って闇夜の国に行く事を覚悟しんやろな。末期の月と酒に見送られて、自分独りを抱きしめたら、異国の野辺送りの道を進むしかないと」

定家 「切ないな」

蓮生「あぁ、切ない」

                                                                                            To be continued 

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