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《今日を限りの》~嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~五十四の歌 

《今日を限りの》 原作儀同三司母
陽炎、湧き立つ、その儚い陽盛り
命の限り鳴く蝉の短き夏の激しさ。

花火は夜の静寂の深さに驚き
浴衣の袖を透かして消えた。

うちのこと、好きや、と言ってくれた貴方の嘘に、おおきに。
その時、うちはほんまに幸せやった。

<承前>
 地面に蹲り動きを止めた式子に舞い踊っていた黒髪が落ちてきた。狂乱の舞踏は終わったのだ。定家は階を降りて式子に向かって走った。すると、式子は立ち上がり両手を差し伸ばす。それは定家を迎え入れようとする式子の懇願の姿にみえた。
「式子様!」
思わず定家は声を上げる。式子は深いため息をつき、そして、池の中に分け入った。一斉に蛍が飛び散り、式子の周りを夢幻の灯のように舞い始めた。点滅する青白い輝線は入り乱れ、式子の姿を朧な夢の絵のように浮かび上がらせた。式子は定家を差し招く。
「忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな」
 定家は池に飛び入り、式子を強く抱きしめた。
「式子様、今宵の事はいつまでも忘れませぬ。例え、言葉が朽ちて枯れたとしても、今の想いは永遠と誓いまする」
 二人の喘ぎは溶け合った。
「いっそのこと、今日を最後に私の命が終わってほしい、定家様」
涙をながし、式子は定家の腕の中で全身を震わせた。
<後続>


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