辰 青汰朗
斬首されてなお死ななかった青年がいた。 80年後、青年は一族の宿願を果たすために国へ帰ってくる。 その旅でかつて刀を交えた友と瓜二つの青年と出会い、友だった男の想いに触れる。 舞台イメージは日本中世のファンタジー小説。
蝉里が十四の秋の年のことだ。 色とりどりの反物を広げる呉服商の隣で、鋳物師が鍋を売り込もうと声をあげている。近くでは糖粽売や桂女が威勢を張って練り歩いていた。 「堺の市より活気は大人しめってところか」 河原の土手で蝉里が買ってやった鮎を齧りながら、春清は辛口の評を下した。その横で旅人が同じく蝉里に買わせた蒸饅頭を早々に食べきっていた。 「あっちはここと違って港があるだろ。比べるなら九州とじゃないのか」 「まぁ、そうだな。弟も物だけじゃなくて、人も多種多様で楽しい
蝉里は深呼吸をした。 (こんな若い姿で生きているはずがない) 生きていても百歳越えの老人だ。だから怯える必要はない――――。 「……身内に、常遠って名前の人いたりするかい?」 「ああ、いるよ。常遠様とは半分の半分? くらい血が繋がっている」 あっさりと自分が将軍家の人間と認めた男は、値踏みするかのような観察眼を蝉里へ向けた。 「ちなみに私の名前は俊正。一応、俊遠の血筋」 俊正は刀を鞘へ納めてにんまりと笑った。 「ここら辺は複雑だから、あまり説明したくない
――文清と山雀は従弟おじと従姉甥の関係にあたる親戚だという。神人たちは文清の兄が宮司を務める神社の神職である。 数日前、家の掃除をしていたら、十年以上前に死去した文清の祖父、清野の遺言と共に一振りの小刀が見つかった。 小刀は鞘から抜けないよう厳重に紐で巻かれていた。それを解くと、刀の鞘には見たことのない家紋が刻まれていた。 遺言状には黒々とした墨で『小刀見つかることあれば我が故郷に奉じよ』とだけ書かれていた。 「わしは爺様の故郷を知らん。両親もわからぬと言うから、
八十年後、九州にて、 幼子が怒りを奉げていた。 山間の小さな集落でのことだった。穏やかな陽が差し、八分咲きの桜が風に揺れる中、笛と小鼓の音を引っ張りながら幼子が舞っている。 拙いながらも猛々しく舞う所作は、称賛するに値する雄々しさだった。問うたところによると、これは今年に入って各地に現れた赤気を鎮めるための舞だという。 旅の途中で通りがかっただけの蝉里は首をかしげた。 (こいつは鎮めるための舞じゃないぞ) 楽の音は今すぐ楽器を叩き落としたくなるくらい
河原に晒されていた男の首が、一夜にして消えた。 不気味な出来事に、都の人々は誰かが持ち去っただとか、禽獣たちが食べ漁りつくしたなど、様々な憶測を立てた。 憶測は噂となってヒノハラの国中に広がり、やがて一つの噂に収斂された。 「罪人は生き返って自らの足で刑場から逃げた」 罪人が彼地の民だったことから、さもありなんと誰もが受け入れた。 彼地とは東北のとある土地を、畏怖の念を込めて呼んだ名である。彼の土地、彼の地、彼方の地など、様々に呼ばれていたが、いつの頃か
・旅の一行 蝉里 主人公。永遠の21歳。 八木 文清 清野の孫。山雀の従弟おじ。 山雀 清野の曾孫。文清の従姉甥。 眞上 俊正 将軍家の血筋。跡目からは外れている。 ・彼地の関係者 清野 彼地から外へ出された人間。元・彼地の民で、春清と双子。 嘉賀 春清 彼地領主の嫡男。清野と双子。 旅人 春清の右腕と目されている幼馴染。 弘房 春清の叔父。春仁の弟。 炫智神 彼地の神 ・将軍家関係者 眞上 永泰 三代目将軍。お能や絵画など、芸事を好んでいる。 眞上 俊遠