連続小説「88の謎」
第二十一話 Unisono
千早苑を賑やかした2人は店を出て歩き始めた。食事を共にしたこともあり、お互いの距離が明らかに縮まったことを、リナもエリも感じていた。歩幅が自然と揃い、無意識の内に同じリズムで歩いていく。
エリの提案によりプリクラを撮ることになったので、リナは最寄りのゲームセンターへ案内した。
ゲームセンターの中は色々なゲームの音が鳴り響き、週末らしく賑わっている。2人で決めたプリクラのブースの中に入り、ピアノの画像を背景にして同じポーズで記念撮影を完了した。
(ホントにあの頃に戻ったみたい)
リナが記憶を辿っていると、エリが目を輝かせて声を上げた。
「あー!コレ、バージョンアップされてるー!」
エリが指を指したのは、初音ミクを代表とするボーカロイドミュージックを使用したリズムゲーム、通称「音ゲー」だった。
「リナちゃんって音ゲーやる?」
リナは完全無欠のスマイルで答えた。
「エリちゃん...かけっこのリベンジチャンス、欲しいですか?私、強いですよ?」
だがしかし、そんな挑発とはお構いなしに、エリは既に100円玉を握りしめてほくそ笑んでいる。
「ほほぉ、大した自信だねぇ、うさぎちゃん...では愛知のメトロノーム少女と呼ばれた実力を見せちゃいますか!」
「うわぁ...もしかしてエリちゃんネーミングセンスをジェニファーさんの母体に置いてきました??まあ、良いでしょう!受けて立ちます!」
「ぬぁにぃーーっ!ぜってー負けねぇーっっ!」
かくして2人のプリンセスによる"Chouten"前哨戦第二戦の火蓋は切って落とされた。それぞれ携帯端末から筐体にログインし、ここまでの戦歴を確認する。
お互いのレベルはほぼ同じ。バージョンアップされた筺体なので、2人ともプレイしたことがない曲を選ぶこととした。
「リナちゃん初見プレイだけどエキスパートでもよろしくて?」
「もちろんですわよ、エリお嬢様。」
すっかり友達ノリの2人は正面を向いて画面に流れてくるノーツに備えた。映し出された曲名は「キティ」。聞いたことがないタイトルなのは、恐らくこのコンテンツのための書き下ろし曲なのだろう。お互い正真正銘の初見プレイである。
「うさぎちゃん、負けた方が土下座でいいよね?」
「お嬢様が良ければ丸坊主でもよろしくってよ。」
「ゆったなぁーっ!覚えてろよぉ!」
リズムゲームにおいて、エキスパートモードでの初見プレイは反射神経、リズム感、対応力の全てが問われる。リナ達の前の挑戦者達は全て曲を完走することなく散っていた。何人かのギャラリーがその様子を見つめていた。
ゲームが始まり、高速で落ちてくる複数のノーツに対し、2人は正確にボタンをタップしていく。
(エリちゃん上手い!!)
リナはエリの動きでレベルを察した。メトロノーム少女は言い過ぎだと思ったが、上級プレイヤーよりも更に高い精度でノーツを消化していく。エリは軽くトントンと足先でリズムを刻み、変化するノーツにも慌てずに対応していた。
(負けない...)
リナは敢えてモニターだけに視界を狭めて脳内でリズムを刻んだ。
次第に筐体の周りをギャラリー達が囲み始めた。それもそのはず、今日アップロードされたばかりの曲を2人の美女がフルコンプし続けているのである。見たことがない風景に驚きとも取れるざわめきが広がった。
加速と変化を続けるノーツを計20本の可憐な指達がシンクロして捌いていく。まるでピアノの連弾を想像させるプレイが終盤を迎える頃、動画や写真を撮り始めるギャラリーが出てきた。
そして曲が終わり、結果、両者ともにノーミスでクリアしていた。おぉー!という歓声が上がる。リナが振り返るとそこには溢れんばかりの人だかりが出来ていた。ラストのポイントはほぼ互角であった。画面が暗転し、まもなく最終リザルトが表示される。
そして...
「ぎゃぁぁぁぁーー!また負けたぁぁぁぁー!」
エリの悲鳴に似た声が響く。画面に映ったポイントはほんの僅かな差でリナが上回っていた。
(危ない…負けるところだった…)
リナは心からそう思った。と同時に周囲のギャラリーから割れんばかりの拍手が聞こえた。
「すげぇ!やばくね?」
「マジかよ?ホントに初見??」
画面に表示されたリザルトには、確かに初プレイを示す称号が映っていた。更にギャラリーが湧く。
そのギャラリーの中から制服を着た女子高生らしき女の子がリナ達に声を掛けた。
「すみません...一緒に写真撮ってもらえますか??」
2人は驚いた。
「え?私はいいけど...リナちゃんは?」
「あ、大丈夫ですけど、でも私ただの素人ですよ?」
女の子はキラキラした憧れの目で2人を見ている。ギャラリーのひとりが撮影係を申し出て、リザルトを背景にしたスリーショットを撮ることにした。
「ありがとうございました!ホントに神プレイすごかったです!お二人のお名前聞いてもいいですか!?」
少し間を置いて、エリは笑顔で答えた。
「コードネームはピーターラビットとメトロノームよ。この世に2人といない...ね。」
キメ顔のエリを横目にリナはパクチーを初めて食べた時と同じように、眉間の全ての皺を寄せた顔でエリの様子を眺めざるを得なかった。
大勢のギャラリーに見送られてゲームセンターを出る頃にはもう午後3時を迎えようとしていた。リナは少し前からエリに提案しようと思っていたことがあった。
「エリちゃん。この近くに私のママがやってるお店があるんだけど、一緒に行かない?」
「え?何のお店?」
「えーと、世界一美味しいスイーツが食べれる天ぷら屋さんです。」
「なにそれ?行く!行くに決まってるじゃん!」
昼下がりのスイーツ案という神からの啓示は、満場一致で採択された。道中、エリの携帯に立て続けに着信音が鳴った。
「あ、やばっ!お兄ちゃんに連絡するの忘れてた!」
エリは慌ててメッセージを送る。
「これでよし、と。」
エリが携帯をバッグにしまうと、再び携帯が鳴り始める。
「もー、どこまで心配性なんだか...あ、そうだ!リナちゃんこっち見てー!」
エリは自分越しにリナが映るようにして携帯のシャッターを切った。
「これで安心するでしょ。まったく困ったもんだ。」
再びカバンに携帯をしまい、エリは歩き出した。
「ごめんね、リナちゃん。ウチのお兄ちゃんめっちゃ心配性で。優しいのはいいんだけど、行き過ぎなんだよね。」
「お兄ちゃんがいるんだ。私ひとりっ子だからうらやましいなぁ。」
「いやいや、そんなに良いもんじゃないって。まあそれでもお兄ちゃんの存在はありがたいかなー。過保護過ぎだと思うけどね。」
エリによると、兄のシンゴは妹想いが高じてかなり拗らせているそうである。一番衝撃的なエピソードは、エリが中学の修学旅行の際にシンゴがお守り代わりとして、小さなキーホルダーをエリのカバンに付けさせたものの、実はGPSが内蔵されていたことが後で発覚したという話だった。
「知らない間にキーホルダーが落ちちゃって、それを拾った人が交番に届けたらしいの。お兄ちゃんがGPSでそれに気付いて、『エリが補導されてる!』って勘違いして、新幹線に乗ってその交番まで来ちゃってさー。」
お兄ちゃん学校にも連絡するし...私、鬼電がイヤでその間だけ通知オフってたから大騒ぎになって...」
リナは歪んだ兄妹愛を笑いつつも、それだけ自分を想ってくれる存在について考えてみた。過去を振り返ることはあまり多くないリナだが、デジャヴを繰り返したり、感慨に耽ることが増えてきたような気もしていた。
「でも素敵なお兄さんだよね。」
リナのその言葉に、エリは頷いた。
「ちょい厄介だけどね。しかもね...」
その後のエリの話に、リナは思わず吹き出してしまった。
「お兄ちゃんの前で言うとガチギレするから、本人の前では言わないんだけどね。」
「そうだね。それは叱られちゃうね。」
そんな会話をしている内に、2人は黒門市場にある天ぷら屋『久幸』に到着した。前もって連絡しておいたため、リナの母親が店先で快く出迎えてくれた。
「はじめまして。リナの母のエリです。こちらの方もエリさんなんですって?」
「はい。はじめまして、大原エリです...てか、リナちゃんのお母さんもキレイ!」
「あらー、嬉しい!こんな美人さんと同じ名前なんで恐縮しちゃうわー。じゃあ早速何か用意しますね。」
リナの母親が店内に入ると、リナは後を追いかけながら言った。
「あ、ママ!ジェラートあるー?」
「はいはい、今日は抹茶と黒ゴマ...あとピスタチオとアールグレイがあるけど。」
店内の明るい照明にエリは気分を高揚させた。店内にはサザンオールスターズのミスブランニューデイが流れている。
「天ぷら屋さんじゃないみたい!コレもうほぼバルですね。」
「ありがとう。そうね、昔ながらの天ぷら屋さんのイメージではないかもしれないけど...」
そこにリナがカットインしてきた。
「内装もメニューも2人で色々とこだわって作り上げてたんだよ。」
エリはなるほど、と頷いた。500円で二つの味が選べるジェラートはテイクアウトも出来るそうで、使っている素材はどれも質の高い物だとリナが母親の代わりに説明した。さっそく運ばれたジェラートを二人で口にする。
「んーーー!おいしぃーー!」
エリは目を丸くしてリナの母親を見つめた。
「あら?本当?良かったわぁー。」
「リナちゃん良いなぁー。こんな料理が上手なお母さんがいてー。ジェニファーなんて昨日も冷凍唐揚げだったもん。」
そう言いつつエリは既にリナのジェラートのスプーンを忍ばせていた。
そして慌ただしい昼下がりが終わり、リナとエリは久幸を後にした。二人はアメリカ村のランドマーク的存在である「心斎橋BIGSTEP」に歩いて向かった。一緒に古着や小物を見るつもりだったが、目的地に着くとその入口に見慣れた楽器が置いてあった。
「あ、ストリートピアノじゃん!」
エリは黒と黄色のペインティングが施されているアップライトピアノに、真っ直ぐ歩いて行った。
「ねぇ…リベンジのリベンジしていい?」
エリは真剣な眼差しでリナを見た。リナはピアノが置いてあることに気付いた時から、エリにそう言われる気がしていた。後戻りは出来ないと思った。
「2人だけのヒミツにしてもらえますか?どっちが勝っても負けても…」
リナは自信とも不安とも取れる言葉を絞り出した。エリはコクリと頷いた。何も言わずにエリが先にピアノの前に座り、いくつかの鍵盤の上をスッと指で撫でた。
「ごめんね…なんか…」
エリはそう言って、バッグからハンカチを取り出し看板の端から端までの埃を払っていく。リナはエリのその言葉が、まるで自分の脳内を読まれたようで、胸が締め付けられるように切なくなった。
運命の二人はこうして出会い、こうして戦うことになったのであった。
第二十二話に続く