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連続小説「88の謎」 

第八話  (not)Harmonics

どこが噂の新人ライバーだよ。アイツ、クソじゃん。そもそも自分で煽っておいて、デカいアイテム飛んできたら慌てて叫んでんだもん。そんなんじゃ一生過疎枠なんだよ。大体てめぇの鏡見てから配信すりゃいいのに。

と、瞬時に数多の毒を脳内で生成した後、シンゴはコメント欄に精一杯のオブラートで包んだメッセージを書き込んだ。案の定、女性ライバーの眉間にシワが寄る。取り繕う姿がより滑稽で、なお毒を吐きたくなる。無様だ。猿回しの猿の方がよっぽど賢いわ。
ほどよくコメントで新人ライバーと古参リスナーを掻き回し、シンゴは携帯をテーブルに置いた。

(つまらんなぁ...)

シンゴがライブ配信を見るようになり半年ほど経つが、素人丸出しのくだらないコンテンツが多過ぎると気づいた。馴れ合いのコミュニティや、大したことがない特技にわざわざ課金までして応援するヤツの気がしれない。
大道芸人が道端で素人がとても真似できないような技を披露したとて、目の前に置かれた帽子に千円札を投げるやつなどそういない。なのに学芸会のお遊戯レベルにも満たない歌やダンス、一発芸ともいえないリアクションを見る度、そしてそれに投げ銭をする輩を見る度ごとに、胸焼けがするくらい腹が立つのだ。

「本当に狂ってやがる。」

大して可愛くもない素人を持ち上げ、やれ「日本一可愛い」だの「世界一の天使」だの褒めちぎっている。褒められ慣れてない女ならワンチャンあるとでも思ってるのだろうか?配信アプリのリスナーの大半は非リア充に決まってるし、天地がひっくり返ってもそんな奴らにこの世は微笑まない。しかもいい中年連中が身分不相応の課金を重ねて、金がないと喚いてる姿は、もはや吉本新喜劇を見ているかのように滑稽で笑えた。
しかし、かく言うシンゴも、自分自身がライバーとして活動していた時期があった。嫁を言いくるめて一緒に画面に収まり、仲良く常連リスナーと話をしていたのだ。だが、割と早く飽きてライバーは辞めてしまったし、とにかく思い返せば時間の無駄だった気もする。3人の子供も大きくなってきたし、仕事も次第に忙しくなってきていた。

シンゴは遊技機の販売会社の支社長をしていた。いわゆるパチンコやパチスロの台を、メーカーの依頼でパチンコ屋に卸売する仕事だ。一台30〜50万円する台をなんとかパチンコ屋の店長と交渉して購入してもらう。中々手間な仕事であった。
そもそもパチンコ屋は日中営業しているので、新台を購入してもらっていざ入れ替えの設営をするとなると、夜を徹しての作業となる。
しかも、翌日に正常に台が稼働しているか?新台で遊戯しているお客さんの様子はどうか?など状況を確認する必要があるので、入れ替えの次の日もそのパチンコホールに出向かねばならない。寝不足や昼夜逆転が日常的な世界なので、同世代の仲間と飲みに行くなど到底無理な話だった。更にシンゴが結婚してからというもの、休みの日の時間の使い方も随分変わってしまった。
そんな忙しい隙間時間にライブ配信を視聴するのが、いつの間にかシンゴの趣味になっていた。ライブそのものというより、それを取り巻く人間関係をモルモットのように観察するのが楽しいのだ。
そして、最近特にアホな観察対象を見つけた。ガチ恋系リスナーなどとほざきながら自分でもライブ配信を行い、誰も来ない過疎枠なのに、一人で歌を歌ったりするヤツを見つけたのだ。

「コイツほんっとにアホだなぁー」

感動するくらい絶好の獲物だった。墓穴を掘らせたらブラジルまで掘り進んでいくのも確実だと思った。恐らく40代だと思われるその男性リスナーは若い女性ライバーに鼻の下を伸ばし、身の丈に合わぬ課金とキモさ全開のコメントを連発している。コイツは上物だ。煽りまくって破滅させてやりたい。

と、シンゴが思ったその時、仕事用の携帯が充電ケーブルの先で鳴り始めた。なんだよ、せっかく良いところなのに...
携帯に表示されたのは知らない番号だった。

「はい、もしもし?」
「あ、田野さんですか?」
「はぁ、そうですが?」
「あ、初めまして。夜分に申し訳ございません。私、共実興業の佐藤俊雄と申します。享楽会館の東(あずま)店長から田野さんのことを伺いまして...」
「東さんから...ええ...なんでした?」
「いえ、単刀直入にお話ししますとヘッドハンティングなんです。一度お話聞いてもらえないかと思いまして。」

シンゴは素直に驚いた。共実興業はパチンコ業界で有名なコンサルティング企業だ。パチンコ関連の仕事をしてて、知らない奴がいたらモグリだと言っていい。ブラック企業だという噂もあるが、そもそもこの業界がブラックだ。エンジニアから経営戦略のアドバイザー、官公庁とのパイプ役までいるその道のスペシャリスト集団だと聞いている。
しかし、そんな大手の会社がなぜ...シンゴの中の疑いの芽はすぐに蕾となり、一つの疑念の花を咲かせかけた。

(もしかすると今の勤め先の内偵調査かもしれん。)

同僚の支社長から聞いたことがあった。社内の情報を外部に持ち出そうとした役員を、内偵調査で事前に炙り出し、釣り上げたことがあったらしいと。同族企業には珍しい叩き上げの役員だったため、敢えなく退職に追い込まれたと聞いてはいたが...

(いや、むしろコレ、使えるかもしれんな)

シンゴは一瞬天井を仰いだ。ふと一つのアイデアが浮かんだ。

「いやぁ佐藤さん、私なんか一端の中間管理職ですよ。へッドハンティングなんてとんでもない。」
「いえいえ。東店長から田野さんの人柄をお聞きしてまして。ぜひウチにと思ってるんです。新規事業の立ち上げもあるものですから...少しだけお話し聞いてもらえませんか?今の田野さんのご状況もお聞かせいただきたいですし。」
「うーん…」

シンゴは考えるフリをした。ここまではほぼ予想通りの展開だ。

「仕方ないですねぇ...東店長の顔を潰すワケにもいかないですから。でも、お会いするだけですよ?会社に勘繰られても困りますし。」
「ええ、もちろん。狭い業界ですから、そこら辺は配慮させていただきます。そうしたら金曜日に黒門市場にあるハチマルというおでん屋さんでどうですか?」

なるほど。週末の大衆店に連れ出すのか。内偵だとしてもホンモノのヘッドハンティングにしても中々のもんだ。不自然さを感じない。シンゴは不意にワクワクした。

(こーゆーの久しぶりじゃん。)

二つ返事というのも怪しいし、あまり舐めた態度も良くない。ほんの少し渋りスケジュールを確認したフリをして、結局、会う承諾をした。
決戦は金曜日か、悪くないな。電話を切ってあらためてカレンダーに目をやった時、衝撃が走った。

「パパァー!お風呂入ろぉー!」

一番下の娘が背中にダイブしてきたのだ。

「いってぇー...こんにゃろぉー。」

そう言って娘を瞬時に仰向けに寝っ転がし、全力で脇腹をくすぐる。きゃっきゃっと笑う声がする。一旦考え事を記憶の箱にしまって、シンゴはそのまま娘を抱き上げた。

「今日はちゃんと髪の毛を一人で乾かすんだぞ?いいな?」
「はぁーーいっ」

娘の少し抜けた返事が部屋に響いた。嫁はキッチンで鼻歌混じりにリンゴでも剥いているようだ。仕方ない、風呂に入ろう。娘を下ろすとあっという間に風呂場へ駆け出してすっ飛んでいった。一体誰に似たんだか...そう思いながらシンゴはコキコキと首を左右に鳴らし、娘と自分の肌着を慣れた手つきで摘み上げた。
テーブルの携帯の画面には「Princess U "Chouten" 開催決定!」のヘッダーが映っていた。

第九話に続く


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