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連続小説「88の謎」 

第二十三話 Waltz

新大阪の新幹線口の改札に着いても、リナはエリの涙のワケを問わなかった。エリに付き添って、リナは新幹線のホームまで歩いた。もう、お別れの時間だ。

「本当に今日はありがとう!リナちゃんに会えて、ほんっとに嬉しかった!」
「こちらこそ...隣の席がエリちゃんで良かった。今度は...」

そう言い掛けて、リナは口をつぐんだ。

(Princess U "Chouten"の本戦で会える保証なんてないんだっけ...)

運命的な出会いはあくまでも出会いでしかない。これからをお互いにどう音を紡いでいくかは自分達次第だと思った。不純物のない時間を大切にしたい。今は自分と向き合う時間だ。そうリナは誓い、あらためて口を開いた。

「お嬢様、次回は本気のピアノをお聞かせくださいませ。」

エリはニヤリと口元を緩めた。

「あったり前でしょー!?リナちゃん、絶対に次は本戦で!」

リナの両手を強く握ったエリはスマートにウインクをした。後戻りはできない。もうライバルなんだとお互いが思っていた。

突然不意に鳴り響くベルの音。エリはリナの手を離し、わざと大袈裟に手を振って車両に乗り込む。

「またね!難波のピーターラビット!!」

最後までエリは快活で朗らかな女性だった。見た目には切り取れない強さを秘めている気がして、リナはそれに答えたいと思った。

「エリちゃん...今日ね...」

だがそれ以上は言葉に出来ず、リナはついに泣いた。本当はエリにずっと伝えたいことがあった。

8年前の今日、高校生3年の春に、リナの無二の親友が病気で亡くなった。その親友は音楽の道に進むと決めた自分を、心から応援してくれた優しい女性だった。入学式の後、隣の席に並んだ運命の友はエリのように笑顔で話しかけてくれた人だった。

滲むエリの背中に「ありがとう」と声にならない声を絞り出した。居てくれて、同じように出会ってくれてありがとう...リナは胸につかえた思いを両の拳に握りしめた。
けたたましく鳴る出発の合図が止むと、新幹線はホームを滑り出して、目の前を通り過ぎていく。

ちょうど窓から両手で鬼瓦の変顔を作るエリが見えて、リナは簡単に救われた。

(もう...感傷にすら浸らせてくれないのね...でも、本当にありがとう。)

大きく手を振り直して、史上最強の親友を見送った。去っていく車両はあっという間に小さくなっていき、視界から消えた。

「はー、メイク直してから配信しなきゃ。」

新しくプリクラを貼ったスマホケースを確かめてから、リナは家路を急いだ。

家に着くと、ちょうどぴろからのLINEが届いていた。ペンギンが首を傾げたスタンプがこちらの様子を伺っている。無事に帰宅したこと、話したいことが山のように増えたと返信し、リナは携帯を充電器に差した。鏡を見ると前髪は壊滅的に崩れており、今日が怒涛の一日であることを物語っていた。

配信を始めると多くのリスナーがコメント欄を埋め尽くした。いつも通りに挨拶を済ませると、無事に面接を終えたことや素敵なライバルと出会えたことを話した。リスナーはみな驚き、配信は大いに賑わった。リスナーの一人である「まぁい」は特に興奮気味だった。

「ジェニファー冨田の娘って、私と同年代の子ですよね!小さい頃話題になってましたよ。愛知県に天才ピアニストがいたって。」

聞けばエリは手書きの楽譜さえあればどんな難しい曲でも瞬時に弾きこなしてしまうという天才ピアニストとして紹介されていたそうである。ただ、既に演奏家を引退していた母親の意向により、当時ジェニファー冨田の娘であることは伏せられていたようだが、一部のファンから都市伝説のように語られていたらしい。『まるでジェニファー冨田の生まれ変わりだ。』と。

まぁいはさらにまくし立てる。

「あーあ...私もその演奏聴きたかったなー。男性版の"Chouten"があれば、絶対しょうたさんが優勝なのに。」

『しょうた』とはまぁいが推しているポコチャの男性ライバーだ。ジャズギタリストでありながら、過去には自身がテレビCMに出演したり、バンドでCDデビューを果たしたこともある実力派アーティストである。

「確かにそうですよね。しょうたさんのギター凄いですもの...」

リナはそう相槌を打ちながら、面接の結果と共に、エリの配信自体も気になっていた。

(エリちゃんってふだん配信でどんなことしてるんだろ?)

そんな時、画面に見慣れた文字が浮かんできた。

(「・ω・)「ピロロロ~

ぴろが枠に入室してきたのだ。いつも通りに挨拶が飛び交う。

「おつかれさまー٩( ᐕ)و今日はぴろのポコチャ仲間を連れてきました!」

コメント欄が一気に盛り上がる。リナは驚いた。

(えー、ぴろさん!聞いてないよー?)

間髪入れず今度は見慣れぬ絵文字が目に飛び込んできた。

バ━━\( •̀ω•́ )/━━ン

(ば、ばーーん??)

リナは戸惑った。

「はじめましてー!マカって言います。よろしくお願いします。」
「紹介しまーす!ぴろろのポコ仲間のマカちゃんでーす。みんな仲良くしてください!!」

リスナー達のメンションが飛ぶ。ぴろが連れてくるリスナーはポコチャ歴が長く、様々な知識を持つ人が多かった。

「ぴろからみなさんにお知らせです。実はこのマカちゃんはりんりんっていうライバーさんのトップリスナーなんです!で、実はそのりんりんってゆーライバーさんは...」

「バ━━\( •̀ω•́ )/━━ン マカから発表しまーす。りんりんもPrincess U "Chouten"の出場候補者でーす!」

コメント欄が更にヒートアップしていく。リナはコメントの読み上げで精一杯だった。

「でね、リナ、元々ぴろはりんりんの配信を少し前から見てたんだけど、すごく歌が上手くてノリが良いから、ずーっと紹介したいなーって思ってたんだ。そしたらマカちゃんがリナ枠に遊びに来たいって話になったから先に連れてきちゃった!」

リナは状況を理解して、あらためて挨拶をした。

「そうなんですね!マカさん、はじめまして。リナと申します。良かったらゆっくりしていってください。」

「こちらこそよろしくです!...というか、さすがぴろろさんの本推しさんですね。めっちゃ綺麗な人じゃないですか!」

リナは照れながら、そんなことないですよ、とかぶりを振った。そして話題はPrincess U "Chouten"の面接へと戻っていった。マカは極秘の情報だとして、本線への参戦人数について説明した。

「本線に出れるのは16名になったみたいです。面接には64人が参加してるはずなので、『4分の3』は落選するって計算になります。」

通過率25%、かなり狭き門であるようだ。投げられたサイコロの行方はまだ揺蕩っているが、兎にも角にもリナは今日という日が奇跡の連続であることを感じていた。

(きっと、大丈夫…)

根拠の無い自信ではあるが、その感覚は本能的に正しいと思った。リナはマカに何かリクエストがないか尋ねた。

「今日はエレクトーンでお好きな曲を一曲弾かせていただきます。」
「へー、そうなんだ!じゃあ...『スターラブレイション』って弾ける?」

リクエストの一覧を確認しつつ、マカはオーダーを通した。

「実はね、りんりんの持ち歌の一つがスターラブレイションなんだ。」

マカの言葉に大きく頷きながら、リナは演奏の準備に入った。軽快なリズムサウンドとベース音が響く。古いドラマの主題歌になってたこともあり、過去にリナがリクエストを受けたことがある曲だった。
曲の中盤に、画面に何発かの花火のエフェクトが飛んだ。盛大に演奏を彩るアイテムが画面を賑やかせる。そのままシンデレラタイムを迎える頃、マカが投じたカボチャの馬車とお城のアイテムが、長かった「始まりの1日」の終わりを閉じたのであった。

第二十四話に続く



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