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連続小説「88の謎」 

第七話 Grandioso

押印された離婚届を見るのは人生で2回目だ。誕生日のケーキのロウソクなら50本くらい吹き消せそうなくらい、マカは大きなため息をついた。

大体なんで浮気した嫁のために俺が引っ越しの手伝いをしなきゃいけないのか...しかもその当の本人は子供を連れて先に家を空けて出て行ってしまう始末。あれ、38歳って厄年だったっけ?

忙しい仕事の合間やせっかくの休みの日をこんな過ごし方に当てるなど、まともな人間のすることではない。さっきよりも大きめなため息をついて、マカはとうとう手を休めて座り込んだ。携帯の画面には待受にしてる家族の写真が、これ見よがしに寂しさと切なさを掻き立ててくる。
我慢の限界はとっくのとうに超えていた。ゆっくりと立ち上がり冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して、無造作にタブをねじ上げた。無呼吸のまま半分までぐいぐいと飲み込む。ふぅー、と息をつきまた床に座り込んだ。

「そして僕は途方に暮れる…か。」

過ぎたことを責めても仕方ないが、神はこんな結末しか用意できないものだろうか?マカは携帯でYouTubeを開いた。お気に入りの邦ロックで気分を変えようとした時、ビールの缶に気を取られて携帯の広告画面をタップしてしまった。目の前にライブ配信の案内が流れる。純朴そうな女の子がはにかみながら「配信を見に来てね!」とウインクしてる。素人っぽさ全開だが、マカには今はこれくらいの女の子がいいと思えた。

気を取り直して荷造りをしようと思った時、携帯にメッセージが入った。大手広告代理店に勤める知人からだった。

「例のプロモーション、順調に進んでるけど、マカの方でもテコ入れ出来ないかな?なんかいいアイデアあったらお願いします。このお礼は必ずするので!」

添付されたPDFの1ページ目には、ご丁寧に「confidence」の押印がある。それだけ自分が信用されているのだろうとは思うが、アイツの行き当たりばったりは相変わらずだと苦笑いした。
それでも旧知の仲である。頼まれごとは試されごと、そう呟いて資料に目を通す。ふと、マウスに置いた右手が止まった。

「次世代の女性アイコンの創出」

と書いてある。更に読み進むマカの目つきは次第に変わっていった。

「へー、やるじゃん!面白そう!」

この企画のスタートアップに関わって成功させれば、複数の事業で確かな成果に繋げられる。一瞬にして夢が膨らんだ。少しぬるくなったビールを飲み乾して、マカは腕まくりをした。荷造りに一旦切りをつけ、先ほど手放した携帯を手にした。

「そういやコレもありか...」

両手の親指で素早くフリックしていく。待ち時間にトントンと携帯の画面を叩き、思考の束を解いては重ねる。

「まずはマーケティングからだな。」

携帯に映った何人かの女性の写真を眺める。一人の女性がマカの目に止まった。

(ほう...良さそうだな。)

アイドルでもモデルでもない素人だが、整っている顔立ちだった。

(後はスタイルと、タレント性…まあそんなものは後からどうにでもなるさ。)

第一歩は慎重に。絶対にアプローチを外さないのがマカの本分だ。スクリーンショットをブックマーク代わりにして、別のタブレットで情報収集をする。

「さ、始めますか。」

あらかた必要な知識を詰め込み、マカはワイヤレスイヤホンを付け、携帯を手にした。タップした女性のアイコン写真には、

『〜初心者ライバー〜 りんりん』

と書いてあった。

第八話に続く


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