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連続小説「88の謎」 

第十九話 Smorzando

一巡目の回答が揃い、面接官は次の質問へと移った。

「それではこのイベントで優勝したら賞金の500万円はどんなことに使いたいと思っていますか?」

心なしか面接官の注目がリナとエリに集まっているかのように思えた。リナが答えた。

「私を育ててくれた母親への恩返しとして、コンサートを開きたいと思っています。地域の子供たちやご年配の方々も招待してクラシックと言う音楽を少しでも世に広げることができたらと思っています。もちろんお世話になっているリスナーさん達もお招きしたいと思っています。」

面接官は大きくうなずき、エリに顔を向けた。エリは両手を開いてみせた。

「私は自分のネイルサロンを開くのが夢です。演奏の機会を求めているアーティスト招いて、ネイルの待ち時間にコーヒーや紅茶を飲みながら、有意義な時間を過ごせる素敵な場所を提供したいと思っています。」

エリは慌てて付け足した。

「あ、あとかわいいペットも一緒に過ごせる場所にしたいです!」

お互いの回答が終わるたびに、リナとエリは軽く目線を交わし続けていた。それは古くからの友人のエールのように、お互いの言葉を強く確かめ合っているかのようであった。

「やっと終ったぁぁぁーーっ!疲れたねぇー。」

面接の部屋を出て会場に戻るなり、エリは半ばしがみつくようにリナの腕を掴んだ。

「リナちゃん、めちゃくちゃ大人っぽいんだもん。なんであんなに堂々と話せるの?」

エリは、わざと恨めしそうな目で少ししたからリナを見上げた。

「えー。そんなことないですよ。むしろエリさんの方が…びっくりしました。まさかお母さんがあの冨田ジェニファーだなんて…」

話の途中で不意にエリが鼻の先がぶつかりそうな距離までリナに顔を近づけてきた。エリは少しふてくされた顔をしている。

「リナちゃん!もう敬語禁止!あとさん付けもソースの2度付けも禁止だからね!!」

そう言って、両方の目で圧をかけてきた。リナを大阪人と知ってのジョークなのか、エリの真剣な眼差しにリナは思わず吹き出さずにいられなかった。

「うん、じゃあエリちゃんって呼ばせてね。」

そう言って2人でもう一度笑い合った。

「この後エリちゃんは名古屋に帰るの?」

リナは少し名残惜しい気がして尋ねた。

「いやー、大阪ってあまり来ることないからゆっくり観光して行こうかなーって...あ!そうだ!リナちゃんこの後時間ある!?どこかカフェでも行かない!?」
「え?ホントですか?そしたら最近見つけた古民家カフェがあるんですけど、そこ行きません?」
「おおー!行く行くー!...ってその前にめっちゃお腹空いたんだけど、ガッツリ食べれる場所ないかなぁ?」

少し半泣きで空腹アピールしてくるエリの仕草が愛らしい。リナは胸を張って答えた。

「大丈夫です!オススメのリーズナブルに中華屋さんがあります...エリさんの口に合うか分からないですが...」

とリナが言い終わるより早く、エリがリナの頭のてっぺんめがけて、軽く手刀を振り下ろした。

「てぇーぃっ!りんりんちょーーっぷ!!」

リナは驚いて、頭を抑え、目を見開いた。

「えっ?えっ?えっ?」
「もー!リナちゃん!敬語もさん付けも禁止ってゆったばっかじゃーん??」
「あ...そか。そーゆーことか。」

また2人で顔を見合わせて笑い、お互いのネームプレートを机の上に揃えて置いた。

「記念に撮っておこーっと。」

エリは2枚のネームプレートが画角に収まるように携帯で写真を撮った。リナも携帯を取り出した。同じように写真を撮り、足並みを揃えて会場を後にした。

「ここからなら扇町まで歩いて日本橋まで行くのが早いので。」

そう言ってリナは敢えてペースを落として歩いた。身長167センチのリナはつい周りより早く歩いてしまうことがある。アンダンテよりもゆっくりなリズムを更にゆっくりと落として、エリと肩を並べて歩いた。

「さすがリナちゃん。助かるわー。」

エリは心からの言葉を発した。

その後、エリが帝国ホテル大阪と大阪帝国ホテルを間違えて危うく遅刻しそうになったこと、最近好きなアニメやアーティストなどについて、話しながら歩いて行った。エリの人柄はとにかく明るく、ほんの数時間前に会ったとは思えないほど、屈託なく笑っていた。リナはエリの容姿だけでなく、その人柄にすっかり懐いてしまっていた。
扇町から地下鉄の堺筋線に乗ったあたりでエリが尋ねた

「ねーねー、リナちゃんの携帯の待受、なんかオシャレだよね。」
「え?そう...かなぁ...?」

リナは携帯を取り出し待受を確認した。そこにはリナの家にあるグランドピアノYAMAHA S6Bのエンブレムが映っていた。

「ほらー、オシャレ!これリナちゃんのピアノ?カッコよー!あ、上の英語なんて書いてあるの??」

「あ、これ?えーと...」

リナが傾けて見せた待受にはグレーのイタリック体で

『Only the sound the ear permits is music.』

と書いてあった。リナは照れくさそうにエリに答えた。

「これは『私の耳が許す音だけが音楽だ』って意味…です。」
「えーー!なにそれー!超カッコいいんですけどー!」

エリの目には無数のハートマークが浮かんでいるように見えた。手放しで褒めちぎるエリに少しむず痒い気がした。

「リナちゃん、ソレ深くない!?分かるー!」
「えー?そうかなぁ…もし分かってくれるなら、なんか嬉しいです…」

リナははにかんで言った。理解し合えることが自己肯定感を満たす。今日がこんな日になるとは思わなかった。エリがさらにまくし立てる。

「ほらー、時々変な音とか聴こえるときあるじゃん?キーのズレてるカラスの鳴き声とか…この前行ったクラブのトランプ系の大音量とか騒音でしかなかったもん!」

耳を塞ぐふりをしてアピールするエリに、リナは勇気を振り絞ってツッコミを入れた。

「エリちゃん…それをゆーなら『トランス系』やで?クラブでトランプとかゆーから、私のハートが撃ち抜かれるわ!」

ウィットの効いた本場のカウンターパンチにエリは驚き、その2秒後には大爆笑していた。リナは細い腕で力こぶを作り、

「伊達に25年間大阪人やってませんので。」

とドヤ顔を見せた。
笑い声が響く車両が日本橋へ滑り込む頃には、周囲の乗客までが2人の会話に耳をそば立て、笑い始めていた。

(笑っていられるのは、生きている証だね…)

世の中が少し見えた気がした高校の時にリナは記憶をフィードバックさせていた。あの頃とは違う自分がここに居た。自らの手で道を選び、出逢いを紡ぎ、前を向き足元を踏み締める。エリの笑顔はそれを確かめさせるのに十分だった。
地上に出ると眩しさが一段と輝きを増したように感じた。

「ほら、あっちに見える赤い看板が噂の中華屋さんです。」
「おおー!じゃあ先についた方が奢ってもらえるってことで!」

エリはいきなりダッシュした。

「え?ちょっ…エリちゃんずるいーーっ!」

慌てて駆け出したリナの白いスニーカーが、まばらな色のレンガ道を軽く蹴っていく。商店街に並ぶのぼりは、レース開始の合図を告げるスタートフラッグのように春風にたなびいていた。

第二十話に続く



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