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季節のない世界-透.6

主な登場人物

まい(主人公):38歳バツイチ、フリーライター。北海道在住。リアルな人付き合いは大の苦手だが人当たりはとてもいい。ネットの出会いからリアルへの発展を望まない一方で、自分の完全な理解者が欲しいと願うアンバランスなメンタルの持ち主。

:30歳、大手メーカー勤務、男性。大阪在住。「まっすぐ」という言葉がこれほど似合う人はいないと多くの人が思うほど、素直で誠実。まいを「大切な人」と言い支えるが、関係の発展は望んでいない。

透とまい

「あーお腹いっぱい!ただいまー」
「俺んちじゃないけど、ただいまー」

人のいる生活なんて何年ぶりだろう。
一緒に出掛けて、一緒に帰る。お店と家の中間地点にあるコンビニで水だのお菓子だのを買い込んで。ああ、昔元夫と同棲しているときもこんな感じで、笑いあっていたなぁ。と、今更思い出しても仕方ない記憶が頭の片隅を駆け抜けていった。

「飲んだ後のコンビニコーヒーってめっちゃおいしいよね」
「わかるわー。満腹なのがいったん落ち着く。気のせいなんやけどw」

「そうそうw気のせいなんだけどね。

コーヒー飲んだらお風呂入って寝ようか」

「あ、俺シャワーでええし」
「ほんと?助かる。わたしもシャワーにするわ」

「まいさんさきいっといて」という透の言葉に遠慮することなく、先にシャワーを済ませた。

「シャワーありがと!なんかお風呂場、ええにおいすんなぁ」
「おー、これがジャスミンの香りだよ」

私は長年ジャスミンの香りに魅せられていて、お茶もボディソープもクリームも、シャンプーやトリートメントまでジャスミンに統一している。

透にもよくその話をしていたので、どんな香りか気になっていたようだった。

「あーこれがジャスミンなんかー」
「ほら、クリームもジャスミン。透にも塗ってあげようか?」

と、透の手を取ろうとすると、さっと避けられてしまった。

「あかんて!触ったらあかん!」
「あw忘れてたw」

そんなやりとりをしながら、2人別々に眠りについた。

私は眠るのがうまくない。隣の部屋に付き合っているわけでもない男性がいると思うと余計に眠れないのではないかと思ったけれど、お酒のせいか、人の気配に安心したせいか、その日はすぐに深い眠りに落ちていった。

4月20日 12:00

「まーいさん、ちゃお」
「はい、もしもし」
「今お昼休憩なんやけどさ、夜またどっかごはんいかん?」

透が滞在し始めて3日目。初日以降、透はとても忙しそうで、私の家に帰るのも22時頃を回るありさまだった。

毎日疲れていることが表情からありありと読み取れたので、さほど会話することもなく3日。顔を合わせているせいか、いつもなら頻繁なDMのやりとりもほとんどなかった。

ひさしぶりに聞くスマホ越しの透の声に少し安心する。

「うん、いいよ。何食べたい?お店見繕っとく」
「おー!ありがたい。やっぱり魚が食べたいかなー。いや、本当は肉がくいたいんやけどwまいさん食わんもんな―」

「あーじゃぁ羊はどう?私羊は食べるよ」
「お、それええな。じゃー店選びたのんだわ」

「はいはい、残りの仕事がんばってね」
「まいさんもがんばー!」



18時少し過ぎに、透は帰宅した。

「ただいまー!とりあえずシャワー浴びてもいいかな?」
「どうぞー。予約まではしてないから、ゆっくりでも大丈夫だよ」
「いや、俺が腹減って無理wちょっと待ってな」

普段在宅仕事で化粧もしないわたしは、透がシャワーを浴びている間にちゃっちゃとメイクを済ます。

「よし、俺の準備は終わった。まいさんは?いけそう?」
「うん、もういけるよー」

今日は、ワインを飲みながらラム肉をさまざまな調理法で楽しませてくれるお店をチョイス。透はなんでもいける口。「ワインようわからへんけど、たぶんなんでも飲めるから選んで」というので、わたしが好きなワインを選んであげた。

「ラム肉って、中ピンク色でもいけるんか」
「うん、ラム肉は半生みたいな色でも食べられるよ」
「羊って独特のにおいあるよな。でもそれがこのワインと合うなぁ」

「重めな赤があうよね~わたしイタリアワイン好きでさ、家にもたくさんあるよ」
「お、じゃぁ滞在中にたくさんのんであげなきゃ!」
「うんうん、いいよ。どうせひとりじゃ飲みきれないの」

私は根っからの酒好きで、特にワインには目がなく飲食店に卸している業者から、半年に一度ケース単位で購入している。

北海道は年間を通して冷涼なので、セラーがなくてもクローゼットで保管できる、とは知り合いのソムリエ談。それを聞いてから、クローゼットはワインでパンパンだ。

「透の仕事忙しそうだしね。結局ご飯作ってもらってない気がw」
「あーそれについてはほんとごめん。今日から少し落ち着いてるから、明日以降楽しみにしてて」
「うん、わかった」
「また結構な時間経ってるな。今日はもう帰ろうか。

お会計お願いします」

「泊まらせてもらってるから」と、この日も透がおごってくれた。



会計を済ませ、外に出ようと扉に手をかけたとき、ドアの向こう側に人の気配を感じた。
嫌な予感がしてゆっくり覗くと、やはり元夫がそこに立っている。

「透、元夫すぐそこにいる」
「わかった。俺が先に出るから、まいさんはすぐ後ろに隠れてきて」

小声でのやりとりの後、意を決して外に出た。

「おい、咲桜。そいつの顔ももう知ってんだって。後ろにいても無駄だから」

「咲桜さんの前の旦那さんですよね。初めまして。咲桜さん、おびえているので僕と話してください」

「あ?お前に関係ないだろ!」

「いや、僕は咲桜さんとお付き合いしているので、関係は大有りですね。

あらかた話は聞いてますけど、そんな過去のこと今更言ってどうされるつもりですか?」

「……」

「離婚してから何年経ってると思ってるんですか?そろそろ咲桜さんのこと忘れたらどうです?」

「お前にはわかんねぇよ」

「は?」

「そいつ、とんでもねぇ女なんだって」

「はぁ」

「お前も騙されてるぞ。そう遠くないうちにゴミみたいに捨てられるからな」

「それで?」

「あ?忠告してやってんだろうが!もういいわ。今日のところは帰ってやるわ。咲桜、次までに話せる準備しとけよ」

そう捨て台詞を吐いて、元夫は去っていった。


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