見出し画像

追憶の魔女と魔女殺しの記憶


 身体の自由は奪われたとて、魔力の自由までは奪えない。
 魔女殺しを見上げる魔女の銀の瞳が瞬いた。


ーー第一の記憶。
 幼い少女は家族と共に戦火に見舞われた。
 立ち込める黒煙に咳き込む少女は何者かに抱え上げられ、そのまま意識を失った。
 次に目を覚ました時、少女は毛布に包まれて馬車に揺られていた。
 後に、彼女の家族は助からなかったと聞いた。家のあったあたり一体は焼け野原と化し、全ては魔女が招いた災いだったと。


 ほんの一瞬、呆然と手が止まった魔女殺しを魔女はじっと見つめる。その表情はどこか穏やかで、それでいて探るように視線を逸らさない。


ーー第二の記憶。
 少女は自分を助けた組織に育てられた。
 衣食住全て過不足なく与えられた。
 はじめに教えられたのは、魔女の狡猾さ、魔女の悪辣さ。そして、魔女に苦しめられ、命を脅かされる中、か弱くも善き人々がもがき生きる尊さ。
 鍛錬せよ。我らは悪しき魔女の手から人々を護る正義の大鎌である。
 鍛錬せよ。魔女の手口は狡猾にして緻密。決して彼らの甘言に耳を貸してはならない。
 鍛錬せよ。鍛錬せよ。鍛錬せよ。
 周りの魔女殺したちも皆、家族や大切な人、大切なものを魔女に奪われた者ばかりだった。
 魔女を赦すな。悪を赦すな。
 その憎しみを、怒りを、哀しみを、ランタンの火と灯せ。


 魔女殺しの手元が狂う。魔女は痛みに顔を顰めて、それからにまりと口元に弧を描く。
「魔女を赦すな、悪を赦すな」
 まるで記憶の中で繰り返された言葉を反芻するように、魔女は呟く。
「ふふ、こわぁい」
「……黙れ」
「ふふ、うふふ」
 針がもう一本打ち込まれる。魔女の銀の瞳は再び煌めいた。


ーー第三の記憶。
 大人になった少女ははじめての任務に着いた。
 これは彼女の力量を試すものであり、組織「ジャック・ランタン」の一員として相応しい素質を持つ者かを確かめるための通過儀礼でもあった。
 彼女の積み上げてきた鍛錬は魔女を討ちとるに足るものだった。
 魔女に相対した指輪が光を失うまで、彼女は一瞬たりとも気を抜かなかった。
 魔女殺しを睨めつける魔女の眼光はいまわの際にあっても恐ろしく鋭かった。
 かくして正式にジャック・ランタンの名を与えられた彼女は、それから様々な任務に赴いた。
 ある者は怒り狂い、ある者はうちひしがれ、またある者は泣いて命乞いした。
 愛する者と共に散った者。愛した者に見捨てられた者。愛する者を守りたかった者。この世の全てを怨んだ者。
 全て魔女は等しく絶望のうちにその魂をランタンにくべられ、いつしか彼女は歴戦の魔女殺しとなっていた。
 数々の危険な任務をこなしては組織の信頼を集め、後続の同胞の指導をする。
 魔女は討つべき悪だと、微塵も疑うことは無かった。
 ジャック・ランタンは悪を誅し、正義の大鎌で魔女を狩る。
 それが彼女の為すべき仕事だった。


「あなたの仕事ぶりがカンペキだったのも今日までね」
 地面に仰向けで倒れたまま、楽しげに魔女は笑った。
「わたしはここであなたに殺されて死ぬでしょう。今までの魔女たちのように、痛み苦しみながら。……ああ、怖いわ。震えてしまう。わたしってば小鳥みたいにか弱いの」
「……ふん、よく囀る」
「……でも、あなたはわたしの愛する妹を逃がした。大変! あなたのカンペキな経歴に傷がついてしまうわね」

 魔女殺しは何も言わず、針を構える。


ーー第四の記憶。
 かつて少女だった魔女殺しは、指輪とランタンと共に各地へ赴いた。
 ある村は海辺の静かな村だった。村の男たちのほとんどが漁師で、妻と子供を養うために海に出た。
 ある時、旅人がやってきて、その村に住み着いた。それからしばらく、村人が消えるという事件が起きた。ある日、忽然と消えてしまい、二度と見つからなかった。その代わり、村人が消えた後の漁は、いつにない大漁だった。
 それからしばらくして、またひとりの村人が消えた。その次の日も、網が破れるほどの魚が獲れた。
 以来、村人は海の神に攫われたのだという考えが密かに広まっていった。
 しかし、魔女殺しにはわかる。それは魔女の仕草だ。
 村に居着いた旅人が村人を魚に変え、海へと放つ。逃げ回るその魚を狙って多くの魚が押し寄せる。もし、網にかかった魚のうちの一匹が元村人だったなら……?
 恩恵をもたらしてやったのに恩知らずめ。
 戦慄して手のひらを返した村人に、魔女は最期に呪詛を吐いた。
 一思いに刺した針が魔女の息の根を止めた。

 ある村は畑の多い村だった。平穏な村だったが、村長に嫁いだ他の村の娘は魔女だった。
 彼女が嫁いできて以来、彼女の夫にたてついた家の畑は実りに恵まれなくなった。一方で、彼女の夫を立てる者の畑は豊かに実った。
 彼女は慎ましやかな女だった。針に刺されながらも、必死に腹を庇って涙ながらに懇願した。
 お願いします。あの人のこどもがお腹にいるの。この子はきっと魔女じゃありません。だから、どうか、せめてこの子の命だけは、
 魔女殺しの針は、皆まで言わせなかった。
 魔女の子が魔女でないと何故言える。

 ある町は賑やかな町だった。他の村や町から行商が訪れ、珍しいものも手に入る。
 そんな町に潜んだ魔女は様々なものを黄金に変える魔法の使い手だった。大抵の場合はガラクタを黄金に見せかけていたが、時々悪戯に人や動物を黄金像に変えた。
 彼はただひとりの愛を求めていた。彼女の気を引くためならいくらでも黄金を作った。
 彼女がいない世界に意味なんてないさ。
 諦めた顔で魔女の男は投げやりに呟いた。
 殺すのに手間は一切掛からなかった。


「ねぇ、思い出した? あなたが殺してきた魔女たちのこと。たくさんいるのねぇ。たくさんいるのに、全部、思い出さないように忘れてしまったのね。でも、おあいにくさま。あなたを前にして、このわたしの目に見えない記憶なんてないわ」

 針を振り下ろそうとした魔女殺しの手が不意に躊躇うように動きが鈍る。

「あら、ダメよ、魔女の言葉に耳を傾けては。これ以上組織の教えに背きたくなどないでしょう? そのまま振り下ろして、ひと思いに刺してしまえばいいのよ」
「……、うるさい」
「ふふ、うふふ。あはは。あの子はもう遠くへ逃げてしまったわ。あなたはわたしたちを殺しておくべきだった。あなたははじめて任務に失敗したのよ。わたしたちを殺し損ねてしまった」

 ずぶ、と深く刺した針は、しかしこれまでと違って確かな手応えを感じさせるものではなかった。

「迷っているの? 躊躇っているの? だめよ。ちゃんと殺さなくちゃ。魔女を赦すな。悪を赦すな。何度も唱えてきた言葉でしょう」

 たしかに苦しいはずなのに、それでも魔女の顔は晴れやかだった。

「魔女は悪だから殺されるのでしょう? わたしも魔女だから殺されてしまうのでしょう? ふふ、そうね、でも、どうしてもやりにくいと言うのなら、わたしが如何なる魔女か教えてあげるわ」

 次の針を手にした魔女殺しの手が震えるのを見た魔女は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと瞬きをする。

「我が名は追憶の魔女シュネー。わたしを殺すお前は、これまで殺した魔女の最期を、そしてわたしの最期を、生涯忘れることがないでしょう」

 魔女の呪いは魔女殺しの脳裏に記憶を焼きつける。

「妹を逃したこと、一生後悔してね、マリー・ローレル」

 呼吸が止まる間際、魔女はどこか自慢げに、そして幸せそうに笑った。


このSSは『ストリテラ オモテとウラのRPG』のシナリオ『レーテー、君が望まなくても』(真夜中様作)のプレイ後、キャラクターの裏話として制作したものです。
ヘッダーイラストは真夜中様およびアシヤ様より使用許可をいただいてお借りしました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?