歌集『祝杯と鍵のなにもかも』感想


先日の文学フリマ東京38にて購入させていただいた錦木 圭さんの歌集『祝杯と鍵のなにもかも』を読みました。自分にとって救いの歌が多く、間違いなく人生で出会ってよかった1冊だなと思っています。
以下感想です。


真砂の塔 あまり大きいこの地図に日々の祈りが残ることはない

細かい砂の塔を作るということは海辺や公園だろうか。この歌の前に載っている「静かの海の東経を見る ねむるには早い地図から指で追いつつ」という歌から海のイメージに引っ張られたまま海で砂の塔を作るイメージで読み進めると、完成した真砂の塔は砂浜で少しずつ波にさらわれて、この世界を示したあまりに大きな地図に載ることなく消えていく。こんな矮小な自分の大したことのない日々の祈りもまた、あまり大きいこの世界の中で爪痕を残すことなく消えていくのだろうと思う。私は自分のこの祈りがちっぽけであることに救いを感じた。祈りなんてものは自分のエゴであり、相手の気持ちを考えない暴力性があると思っていたが、実際は相手に与える影響なんてないし世界にとって大したことないんだと思わせてくれる。これからも勝手に祈ってもいいよね。ね。


めぐる夜、めぐる夜、螺旋ならせめて巨星に近づいてくれ

頭から読んでいると「めぐる夜、」「めぐる夜、螺旋」「ならせめて」と句が切れているように思えるが、下の句から数えると「螺旋なら」「せめて巨星に」「近づいてくれ」とであり3句目がどこに当たるのかかわり、上の句と下の句がねじれ絡まり合っている様子が螺旋のようですごい。自分が成長したいと願いながらもがいても成長できずその場でぐるぐると回っているだけだったような気がしてしまい人生嫌になってしまうような時を思い出し、すごく共感する歌だと思った。せめて螺旋であってくれ、せめて巨星に近づいていてくれ私の人生。


繕った夢の地平で痛覚の在処を確かめながらゆこうか

この繕った夢というのはどういう意味なんだろう。夢破れても補修してつぎはぎの夢を作っていったという解釈が自分の中でしっくりきたかも。この繕った夢も果てしない道のりで、その中でつまずくこともありながら進んでいる感じがする。痛覚の在処を確かめているということはらその痛みを感じたい、不感症にならずに居たいところも共感する。社会人になってから夢というほどでもない願望を諦めたり、不感症になる自分に嫌気がさしたりしていて、そんな自分にも、この長い道を少しずつでも進んでゆこうか、と語りかけてくれる感じがして、前を向かせてくれる。


天気雨 張り裂けそうな毎日を縫うカーテンは光をはらむ

家と外の行き来でパンクしそうな毎日で、カーテンの裾が描く波線が家の内と外を縫って繋いでいるような感じがする。朝目覚める少し前の暗い室内に光をはらんだカーテンが眩しい。天気雨のように忙しない時期が訪れていてパンク寸前なのかも。早く休んで…。


今日だけを攫ってゆけよ いまだけは綺麗なひとのふりをするから

わかる〜ちょっとおめかししてこの人の前で楽しくおしゃべりできている自分、普段のダメダメな人間とは別人な感じがして、他の日を全部捨ててこの自分になりたい。心の中を言語化されてすごい胸がギュッってなった。


心臓の色 甘やかに なんでもいいよ 染めてみて、あか、あお、きいろ

染めてみてなんでもいいよの語順の方が定型にはまるけど、あえてひっくり返したのはぶつぶつ切れる感じは嫌だったからなのかもしれない。定型を感じさせない4句目までのおかげで「あか、あお、きいろ」のリズムが際立つ感じがして楽しい。自分の命の根幹を染めてみてと委ねられるほど相手への信頼があるのが良い。「甘やかに」の甘い響きから恋愛のような気もする。心臓の色=感情と呼んでもいいのかな。振り回していいってとびきりの愛だと思う。染まることを楽しんでいるのも素敵。


足りないと叫びそびれて生きてくの? 鏡合わせの瞳を射抜く

鏡合わせの瞳は、目の前の鏡と周りの様子が映り込む自分の目が鏡合わせになっているのかも。上の句は、そのままでいいのか、もっと素直に貪欲になれよ、と作中主体自身を問いただしている感じがするし、作中主体が自身に言っているようで読者の自分にも刺さる。この歌といい「繕った夢の地平で痛覚の在処を確かめながらゆこうか」といい、社会に出て人生が停滞していた自分に刺さる。泣く。泣いてる暇ないだろ。泣くとか簡単にいうな動け自分。


ことばでは対処できない幻燈が苛んでいる 割れたオパール

言語化できないけどもやもやしている時ってあるよな〜と思って、そんな気持ちを表現されていると思ったんですけど、めちゃくちゃすごくないですか?


「いいね!」とか再生数の多数派を模写することが上手な獣

意外と尖っている面も見せてくれて嬉しい。そんな獣にはなるまいぞ!(そもそもそんな技術すらない)


早鐘のごとく響いた心臓で十九の夏の初句を自覚す

めっちゃかわいい!恋に落ちる音がしたってこんな言い方ができるんだ!十九の夏の初句って言葉素敵!春〜夏生まれ・現役で入学していれば大学1年生なのかな、うわ〜大学1年生の夏頃に好きだった先輩のこと思い出してエモくて吐きそう!


畳まれたイニシャル入りのハンカチを持つ全員がすこやかであれ

この作中主体は自分が誰かにイニシャル入りのハンカチを送ったのかもしれない。その気持ちを持った他の誰かがまたさらに誰かに自分がハンカチを送った時と同じ気持ちで送っているのかも。誰かを思いながら買うって愛ですよね愛。でっかい愛。ハンカチを持つ全員すこやかであれ。


火をつけろ想像力とは冒涜でどうせ僕らを見ていやしない

ほんとすいませんでした。今までの感想全部燃やします。勝手な想像なんて嫌なだけですよね。火をつけろが気をつけろに響きが似ていて警鐘を鳴らされている気持ちになった。すごい。Base Ball Bearの_FREE_の”「心を想像できるのは自分だけ」誰にも想像させるなよ自分の物語”という歌詞を思い出した。あっでもこの歌は勝手な噂やネットニュースみたいな読みかも…?嘘です感想全部燃やします燃やせませんそのまま公開しますだってこの歌集が最高で私は好きなものを大声で好きだといいたいので。


襟元に折りたたまれた罪状を蝶ネクタイにするまで生きよう

自分の人生の中で、ずっと自分の背負っている罪や業をどうしていいのかわからなかったけど、それは蝶ネクタイにしていけばいいんだね。救いだなぁ。



途中から本当に感想というか口から漏れた言葉になってしまった。感情の動かされ方が、錦木さんと会話しているみたいで楽しかった。自分のこと全部理解している親友に話を聞いてもらっている時のような気持ち。すごい。私はこの本を親友にして人生もう少し頑張ろうと思います。

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