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YouTubeはじめて三週間、“事件‘’が起きた話

当たり前にそこにあるものが突然なくなっても、人は慣れると意外となんとかなりますよね。

僕は最近洗濯機が壊れたんですが、一週間に一回のコインランドリー生活でなに不自由なく生活できてます。

友人や恋人も、その瞬間はずっと一緒にいるだろうことを思っても、気づけば疎遠になってたりしますよね。

YouTube活動も野球のシーズンが終わると、今のままではリスナーの皆さんから疎遠になってしまうのかな、なんて思うと悲しいので、9月はオフに向けて動きたいと思ってます。
(この原稿は8月から書き始めてました。もう9月も半月が経ってしまった。やばい、頑張ろう)


こんにちは!今年からYouTubeで野球実況をしています、ハムショーです。

前回はYouTubeを始めたきっかけなどの記事を書きましたが、今回はその続きを書いていきます。

前回の記事はこちら



・YouTubeが生活の軸に

「YouTubeで野球実況を始めたので、これからは17時で上がらせてください。」

4月の上旬、今まで18時半まで働いていた運動療育のアルバイトを17時で上がらせてもらうことにした。
小さい様に見えて、自分にとっては一つの大きな決断だった。YouTubeを中心にするため、という決心をつける意味でも。

「今日の実況ではこのフレーズを使いたい!」

「チャンネル登録者数10人増目標!」

一日の終わりに決める次の日の目標は、ほとんどがYouTube活動関連になっていた。間違いなく、スイッチがオンになっていた。

思い返すと僕は、常に何かに打ち込んできた。


幼稚園・小学生・中学生の時は空手

週4、5で道場に通い、家にいてもだいたいサンドバックと対面していた。
学校でも空手のことを考え、身体に重りをつけながら生活していたこともあった。

道場の大会、北海道大会、全国大会、月一回は大会がありそれに向けた対策。

好きだとか嫌だとかではない、そこにあるものという感覚。学校と同じくらい生活の中心だった。
(この時の経験が必ず今に生きてるので、やっててよかったと思ってます。)

高校生の時は勉強、ときに恋愛
トイレやお風呂にも参考書を持ち込む時期もあれば、勉強そっちのけで朝5時まで電話することもあった。

大学に入ると一年生の時はサークル、二年生以降はバイトや就活。
代表的な立ち位置・要職に就き、打ち込んだ。

そんな自分にとって、打ち込むことがなかった‘’空白の半年‘’(前回参照)の反動は大きかったようで、水を得た魚のようにYouTubeにのめり込んでいった。

仕事→配信→反省→寝るという生活サイクルが根付き始めた、初めての配信から3週間後、配信再開から2週間の4月17日。

‘’事件が起きた‘’


同時接続者数4万人・日本一配信


佐々木朗希・2試合連続完全試合なるか?!

4月17日、朝のスポーツニュース・スポーツ記事は佐々木朗希の話題ばかり。一種の社会現象になっているほどだった。

それもそのはず、前回登板でプロ野球28年ぶりの完全試合。内容も圧巻だった。

プロ野球新記録となる13者連続奪三振を含む19奪三振。高校野球の地方大会でもやりすぎな内容をプロの世界でやってのけたのだ。

その佐々木朗希とビッグボス率いるファイターズの試合。地上波で緊急中継されたその試合を、僕は‘’いつものように‘’実況配信した。

登録者数300人ほどだったチャンネルの配信は、初動からいつもと違っていた。

今までは初動が20人ほどで試合が盛り上がると100人を超えることもあるくらいのリスナー数。

ただこの日は、試合が始まる前で既に100人以上、試合が始まると500人を超え気づけば1000人以上のリスナーになっていた。

怖かった。

1K6畳の空間からマイクに通す声を1000人以上が聴いている。足が震えた。でもこれは、序章に過ぎなかった。

佐々木朗希のピッチングはこの日も圧巻だった。
ストレート・フォークのほぼ2球種。
それなのに、プロのバッターが当てるのでやっと。バタバタと打ち取られていく。

野球を観てきて18年。観たことがない光景だった。

ただファイターズの先発・上沢もエースの意地で得点を許さない。試合は終盤になっても0-0のスコアレス、佐々木朗希完全試合ペースで試合が進んでいく。

佐々木朗希の快投・白熱した試合は、回が進むごとに注目度が増す。

リスナー数も1000人から2000人、5000人、そして大台1万人を突破したのは7回が終わった頃だった。

依然、佐々木朗希は完全試合投球・上沢も力投、8回は一つのアウトを取る度に5000人単位でリスナーが増えた。

佐々木朗希の2試合連続完全試合へ!試合は9回に突入した。

しかしその夢は急に、終わりを迎えた。

9回、井口監督がゆっくりと歩き出す。
ベンチにはまだ佐々木朗希が座っている。佐々木朗希が降板したのだ。

8回完全投球でまさかの交代。

この瞬間、同時接続者数は42518人となり、同時接続者数ランキングでこの時間の日本一になっていた。
ちょうどその頃、当時の‘’今年の目標‘’としていたチャンネル登録者数1000人を突破していた。

その後試合は9回でも決着つかず延長戦に突入。ただこういう試合ほど、一発で決着がつくもの。 

延長10回表、万波のホームランが飛び出しファイターズが先制点をとった。
そのまま裏のロッテの攻撃を退け、ファイターズは延長戦のすえ1安打勝利というこれまた滅多にない試合となった。

試合が終わってもなお、1万人のリスナーが残っていた。配信終了のボタンなんて惜しくて押せない。いつもは試合中でも最大100人だったのに、余韻に浸る時間にその100倍の一つがいる。

結局試合が終わってから、雑談配信という名の自己紹介を続けた。
試合時間3時間31分の配信枠は、何故か4時間58分の配信として今も残っている。

その時のアーカイブはこちら。


歴史的なこの試合の実況はあとで数回聞き返してるのだが、実力は今よりもない、スピードも遅い。ただ何よりも、真剣に試合を伝えたい。その意志は感じるものだった。
それが同接日本一、チャンネル登録1000人超えに繋がったのかなと振り返って思う。

この試合を期に他の試合の同時接続者数も伸び、ファイターズ戦配信では常に数百人のリスナーが来てくれるようになった。

その後は5.1無音放送事件など全てがうまくいったわけではないが順調に進み、5月下旬からの交流戦に入った。

この交流戦もまた、僕にとって大きな挑戦になった。なんてったって、有名配信者・そして元プロ野球選手をゲストに招いての配信を実現したから。


次回はその交流戦のお話をメインにしたいと思います!よろしくお願いします!


P.S.
最後まで読んでいただいたファイターズファン・プロ野球ファンのあなたへ。

ありがとうございます。
チャンネルを下記に添付します。僕の実況と共に、ファイターズを・野球を応援する仲間がたくさんいます。
興味が湧いた方はぜひチャンネル登録よろしくお願いいたします。

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