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きみと暮らす家には、風車を(創作)

風車は、限りなく刻を刻み続ける。

そもそも、私達人類が日々を平穏に暮らせているのは、この風車のおかげなのだ。

今日はオフィスが休みなので、朝からコーヒー豆を挽いている。
時間がある時はこうする。

香ばしくいい香りだ。

先日汲み置きしていた水を沸かし、粗めに引いた豆にゆっくり上から、細くまわし掛ける。

ホログラムの天気予報では、午前中は晴れ、昼過ぎから曇り一時雨の予報と放映された。
今、目の前の映像では、人気絶頂中の動物学者がインパラについて熱弁を奮っている。

我々のようなものも少なくなった。

私は嘴をコーヒーカップに引っ掛けながら、声に出してみた。

我々のようなもの。

キメラの産まれる確率は極めて低く、世界でも10人に満たないのだそうだ。
あまりに少数なので珍しい事だが、従兄弟にも似たようなのが居る。
うちの家系だけで、世界の10人中の2人を占めているのは凄いことだと思う。

この従兄弟が、鳥を飼うと言って送ってきた絵葉書を見て、笑ってしまった。

インコの顔をした中年の男が、頭に小さな黄色い小鳥を載せてニヤけている。

ウケを狙ったな。

おはよう、良い香りね。

妻が眩しそうに瞬きしながら私の嘴に唇を押し当て、しな垂れ掛かる。

長い髪が羽毛に纏い付く。
コーヒーの香りに誘われて目が覚めたのだろう。

ホログラムの中の、人気動物学者は黒っぽい猫科動物の頭部をしている。
妻がこの学者のことを気に入っていて、よく見入っているのが癪に障る。

どうせキメラなら、猫っぽいのが良かったな、思わず口走ってしまった。

妻は肉厚のふっくらとした唇を嘴に押し当てたまま、ふふと小さく笑った。

きみ、髪の色どうして変えちゃったの。
私が嘴を尖らせる。

だって、貴方ブルネットの長い髪ばかり目で追ってるわ、昨日のホログラムだって。

そう言って私の持っていたカップを両手で抱え口に含んだ。

だから、貴方好みの髪にしてみたの。

私は妻の、昼間陽の光に反射する金糸のようなブロンドの髪だって好きだった。

私は意識してちょっとだけ強めの口調で訴えた。

きみは変える必要なんかなかったんだよ。
そのままのきみで、充分魅力的なんだから。
だから髪の色を染める必要なんてないんだ。

貴方だって嘴をピンクにしちゃったじゃない。
あっさり反論された。

だってそれは、きみが朝焼けのようで素敵だって言うから。

そこまで言って二人で、あ、と気づき、小さく笑った。

そして妻はさっきより僅かにきつく力を込めて、私に寄りかかった。

二人でホログラムを見つめる。

ふと、番組はエンディングのテーマに切り替わった。

次は夕方からだな。
きみの好きな南国の鳥みたいな派手な衣装の料理評論家が出るぞ。
全国の美味しいものを食べ歩くんだ。

ホログラムは朝夕の二回、どちらも二時間程度で終わる。

全国的に電力の供給が間に合わないのだ。

ソーラーパネルが欲しいな。

私は思ったことをついつい口にしてしまう性質(タチ)だ。

そうしたら毎日、コーヒー豆を電動で挽ける。

そうね、でもわたしは、風車がいいわ。

妻が陽光の降り注ぐ窓の外へ目を遣りながら応える。

人類が恐ろしく大量の電力を生み出す原子の力を手放したのは、数万年も前のことだという(正確には知らないが)。

他の種族同士を掛け合わせる遺伝子操作もほぼ同時期に行われなくなったのだが、それでも私のようなものがごく稀に世に現れる。

人口の増減は管理され、産まれる子どもも精査されるこの時代に、私が存在出来る事は奇跡に等しい。

翼のある子どもが欲しいわ。
彼女が艶やかなブルネットの髪を掻き上げながら呟く。

そうだな。

私は妻の微細に揺れる睫毛を見つめる。

きみに、風車のある家を買いたい。

これは密かに私が計画してきたことだ。

お昼はうんと熟したフルーツにするわね。

彼女が言いながら髪を後ろで束ねた。



翔べる翼のある子どもの話は未だかつて聞いた事がない。

そもそも両手が羽根では色々と不便そうだと思うのだけれど。

初参加です。
スペースファンタジーを書こうと思っていたらシュールファンタジーになってしまいました。
お題があると、何か見つけて書いてみようと思うから楽しみな企画ですね。
またぜひ、参加させて頂けたら嬉しいです。


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