【本/感想】楽園に住む人
ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」を読んだ。長編小説を読むのは随分久しぶりだった。没入感があってこれはこれで良さがあると思った。
私は本作を読むにあたって、映画「アイ・アム・サム」、「7番房の奇跡」(トルコ版)を視聴している。いずれもチャーリイのように、小学校低学年程度の知能レベルしか持たない成人男性が主人公となっている作品である。
3つの作品はいずれも主人公の心の綺麗さを描いていた。サムは泣き出した人を迷わず抱きしめ、メモは房の仲間が刺されそうになったとき躊躇いもなく間に入った。そしてチャーリイはみんなが自分のことを好きだと思っていて、彼らに好かれたいとも思っていた。問題を解かなければ餌がもらえないアルジャーノンをかわいそうだと思い、彼と友達になりたいと思っていた。
このような知的障害がある人はみんな心が綺麗なのだろうか。
思い出すことがある。私の大学には社会福祉学を教えているある先生がいた。おぼろげな記憶だが、講義の中で彼は「どん底にいた自分を癒し救ってくれたのは知的障害のある人たちだった」というようなことを言っていたと思う。
「7番房の奇跡」でも、初めのうちは房の人々は皆メモのことを「頭がおかしいやつ」と思っていたが、そのうち彼の純粋さに心を打たれ、自分自身の行いを振り返り前に進むことができたという描写があった。
もしかすると彼らにはそういう力があるのかもしれない。
「アルジャーノンに花束を」ではミルトンの「失楽園」について触れられている。アダムとイヴが蛇にそそのかされ、「善悪の知識の木」の実——禁断の果実を食べたことで最終的にエデンの園を追放されるというあの話である。
チャーリイは知能を向上させる手術を受けたことでいわゆる天才となる。しかし知能が上がったことで彼は真実を知ることになる。友達だと思っていたパン屋の従業員たちは彼を馬鹿にして笑っていた。妹は彼に意地悪をし、母は彼を厳しく折檻した挙句家から追い出した。父は母に反発しながらも彼を遠くに連れていくしかなかった。彼は自分が住む世界のことと自分が孤独であることを知ったのだった。
チャーリイは禁断の果実を食べたアダムとイヴのようだと思う。手術を受ける前、彼は自分が不幸だとは思っていなかった。パン屋で働いていて、友達はみんな彼のことが好きで、賢くなりたいから学校で読み書きを勉強していた。それが彼の世界のすべてだった。
手術後に世界は一変する。賢くなればみんなのように政治や宗教の話ができる、みんなが自分を好きになってくれると思っていたのに、みんなはパン屋からチャーリイを追い出した。彼の知能は思い人・アリスの知能を超え、2人の関係に亀裂が走った。人と話が噛み合わないことが増えた。みんなが彼を恐れているようだった。彼は賢くなり過ぎてしまったのだ。彼は孤独を深めた。
楽園を追われたアダムには労働の苦しみが、イヴには産みの苦しみが罰として与えられたように、チャーリイには孤独が与えられた。そしてアルジャーノンの退行と死をもって、自分も同じ運命を辿るであろうことがわかったのである。
もしかすると、知的障害のある人たちは禁断の果実を食べる前の人間なのかもしれないと思う。純粋無垢で、手の届く範囲の楽園に生きている存在。彼らを不幸だと言うのは障害のない者の一方的な視点に過ぎないのではないか。
知的障害を持っている人が障害を持たない人に与えるものについて、ウォレン養護学校の寮母・セルマがこのように言及している。
本作で知的障害者は何も知らず何もわからない「救いようがない」存在として扱われている。しかしセルマは彼らに「与えられた」のである。私の大学の先生や、メモと同じ房の人たちのように。障害のない人には決して与えることのできないものを、彼らは与えることができるのである。
手術前後のチャーリイの変化についてアリスが指摘している。知能の向上に従って、彼の人を寄せつける力が損なわれているようである。
では、チャーリイが手術を受けたのは間違いだったのか。私にはそう断言できない。
彼は手術前には知らなかったたくさんの景色を見た。勉学だけに限った話ではない。人を愛することや人を理解しようとすることも学んだのである。家族とのわだかまりも解くことができた。
最後の経過報告に彼の心情が綴られている。ウォレン養護学校の心理学者・ウィンズロウは患者たちについて「人間としてのあらゆる体験から締めだされ」ていると述べている。そういう人たちが「外」の世界を見るのは「世界」が覆る素晴らしいことに違いない。
私はまだ、この物語についてどんな感想を抱いたらよいかわからずにいる。知的障害のある人たちしか持てないものがあるという風に思う一方で、小さな楽園が窮屈なのではないかとも思う。運命に震えながらもチャーリイが後悔していないということだけが、私にこれで良かったと思わせてくれる。
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