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【本/感想】遥か彼方を見上げる

 辻村深月さんの「かがみの孤城(下)」を読んだ。
 すごい物語を読んでしまったと思った。
 終盤は涙が止まらなかった。本を読んであんなに泣いたのは随分久しぶりだった。
 同時に少し落ち込んでもいる。思うところがあるので書いていく。

あらすじ

学校での居場所をなくし、どこにも行けずに部屋に閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然、鏡が光り始めた。
輝く鏡をくぐり抜けた先には不思議な城があり、似た境遇の7人が集められていた。

かがみの孤城 辻村深月 | ポプラ社 (poplar.co.jp)

 中学1年生のこころは、ある事件をきっかけに学校に行くのをやめた。光る鏡の中にはこころの他に6人の中学生がいて、彼らもこころと同じように学校に通っていないと思われた。
 城の番人である狼面の少女「オオカミさま」は言う。この城のどこかに「願いの鍵」がある。それを見つければ、どんな願いも一つだけ叶えることができると。
 こころたち7人は鍵探しのために城に集められたのだった。

 上巻では、城のメンバー全員が同じ中学に通うはずだったことが明らかになった。
 マサムネの頼みで、ハワイに留学中のリオン除く6人は3学期初日に学校で会うことを約束するのだった。

 迎えた3学期初日、彼らは会えなかった。6人は約束通り学校には行ったのだが、会えなかった。
 マサムネは言う。自分たちはきっとパラレルワールドの住人で、城の外で会うことも、助け合うこともできないと。それを聞いて全員が失望する。
 オオカミさまはパラレルワールド説を否定した。しかし、実際に会うことはできなかったので、その謎が解けないまま、願いの鍵も見つからないまま、タイムリミットの3月30日を迎えようとしていた。

 その矢先にアキが城のルールを犯してしまう。午後5時以降も城に残っていると狼に食べられてしまう——連帯責任で、その日城に来ていた人も一緒に。
 こころはその日城へは行かなかった。部屋の鏡からみんながこころに助けを求める。「こころ、頼む! ″願いの鍵〟を探してくれ!」
 アキは現実世界に戻らないことを選んだ。もとの世界に戻るくらいなら、狼に食べられてすべて終わりにしたいと思ったようだった。
 それでも、アキにもみんなにも生きていてほしい。こころは願いの鍵を見つけ、アキとみんなを救う——アキのルール違反をなかったことにすると決意するのだった。

 鍵探しの途中、こころは城のみんなの記憶に触れる。みんなが見てきた現実を見て、あることに気付く——みんな、それぞれ違う時代を生きていた。
 こころは鍵探しに成功し、願いの鍵を使ってみんなとアキの救出に成功する。
 願いを叶えると城は閉じてしまう。お別れの前に、こころはアキの手を握って言った。「未来で待ってるから」
 「2006年。アキの、十四年後の未来で、私は待ってる。会いに来てね」
 そして、みんなはそれぞれの現実へ戻っていくのだった。

感想

 打ちのめされる、というのはこういうことだと思った。
 鏡の城。願いの鍵探し。それぞれの現実。違う時代に生き、いずれまた邂逅する7人。
 こんな設定、一体どうしたら思いつこうか。
 設定を思いついたとして、キャラクターひとりひとりの心情をこうも克明に描き出せるものか。
 物語に感動しながら、辻村さんの技術にひたすら圧倒された。
 回収される伏線。巧妙にパーツが組み合わせられ、作品が出来上がっている。常に読者の想像の上を行く展開が用意されている。こういう読書体験は初めてで衝撃だった。

 小説を書いてみたいという気持ちは子どもの頃から私の中にあった。でも実際に完成させたことはほとんどなかった。完成させたとしても、なんとなくやっつけ的な、どこかで見たことがあるような、心から満足のいく出来のものにはならなかった。
 退職して時間ができて、小説を書いてみたいという気持ちがまたむくむくと湧いてきた。しかしいざ書いてみても、完成させられないままの文章が溜まっていくだけだった。
 小説の書き方を紹介するサイトには「とにかく完成させること」とあった。よし、と思い、思いつくままに文字を綴った。小説はいきなりハードルが高すぎるので、まずはショートショートに挑戦することにした。
 完成した。でも、なんだか思っていたのと違った。

 そのタイミングで「かがみの孤城(下)」を読んだ。自分の作品が恥ずかしくなった。
 なんだか思っていたのと違う——それは、いわゆる「小説」に比べて自分の作品はチープで薄っぺらだ、という感覚だった。
 恥ずかしながら、小説って、ここまで考えて、調べて作り上げなきゃいけないんだとその時になって思った。小説でお金を稼ぐというのはそういうことだ。
 そして、良い小説には心と技術の両方が必要なのだと思った。

 情けなくも、私には無理かもしれないと思った。
 私は物語の設定も登場人物も考えるのが苦手だ。それはトライしてみて思った。ほとんど何も思い浮かばなかった。
 私には「この物語をこうしたい!」、「登場人物にこうなってほしい!」という思いがないのだった。
 もう一つ気づいたことがある。私は自分にしか興味がないのかもしれない。そのとき自分がどう思ったか、という自分の感情に注目していることが多い。だから、他人の目線になる——登場人物の目線になることが極めて難しい。私は私を切り離せない。
 設定を考える訓練をしたり、辻村さんのように読書量を増やしたりすればどうにかなるのだろうか。でもできる気はあまりしていない。弱気で怠惰な自分。

 ともあれ、ショートショートを書いた後でなければ「かがみの孤城」の素晴らしさをこれほどには感じなかったかもしれない。そういう意味では、書いてよかった。
 そして、「かがみの孤城」を読んでよかった。月並みな表現だが、本当にいい作品だった。
 人との出会いが人を変えていく。それには向き合う勇気や手を握る勇気が必要で、鏡の城が——城のメンバーがそれぞれに勇気を与えたんだと思う。支え合えてよかった。外の世界でもいつかどこかで出会って、お互いを支え合えればいいと思った。

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