【本/感想】鏡
誰かのnoteで「書店員は『おいしいごはんが食べられますように』を『コンビニ人間』の隣に並べておいてくれ」というような発言を見た。
どちらも芥川賞受賞作品だが、内容は全然違うのに何故だろうと考えて、合点がいった。どちらの作品も読んで不快になる。
先日、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」を読んだ。今回もしっかりと不快になった。
「おいしいごはんが食べられますように」では終始もやもやとしたむかつきが漂っていが、今回は鮮やかな怒りがあちこちにあった。
私の怒りの対象は主に2つ。白羽という男と、主人公・古倉恵子の周りの人である。
白羽については他の人も散々言っていそうなので、ここでは取り上げない。
私は白羽が嫌いだが、「誰にも迷惑をかけていないのに、ただ、少数派だというだけで、皆が僕の人生を簡単に」踏みにじる、という言葉は否定できないと思った。
私が恵子の周りの人に腹を立てたのも、誰にも迷惑をかけていない古倉さんに自分の価値観を押し付けて、手前の物差しで勝手に彼女を評価していたからだ。
自分の人生に登場してきた不躾な人間たちと彼らを重ねて、私は怒った。ひとしきり苛立った後、ふと思った。私だって同じことを普通にやってきた、と。
高校生や大学生のとき、恋人がいる人たちが羨ましかった。恋人さえできれば自分の生活は一転して楽しくなると思い込んでいた。周りにいる子たちも彼氏がほしいとしきりに言っていた。
大学生になって私は地元を離れた。久しぶりに帰省して、地元の友人たちと会って近況報告をした。当然のように恋愛の話になる。おぼろげな記憶だが、彼女らから「人を好きになったことがない」とか、「恋人が欲しいと思わない」というようなことを言われたような気がする。それに対して私は「えっ、マジで?」とか「えー、そうなんだ、なんで?」とかそういう類の反応をしたと思う。
人を好きになったことがないと言った友人は、その理由について「好きになるという感覚がよくわからない」と話していたと思う。そして、恋人が欲しいと思わないと言った友人は、「あえて恋人にならなくてもいいかなと思う。友人でいい」というようなことを言っていた。私はと言うと、理由を聞いてもしっくりこず「ふーん、そうなんだ」で話を終えていただろうと思う。
そして私の心に残るのは「なんかつまんないな」、「この子たちとは話が合わないかも」ということ。無論、相手も同じように思っていただろうけれど。
この頃の私は「恋愛=人生充実=成功」と思っているところがあった。自分はそうなりたかったし、周りもそうだろうと思っていた。
私は恋愛のことしか考えていないくらいには視野が狭かったので、共通点のない彼女らに一方的に「つまらない」とレッテルを貼ったのだった。
自分にとっての理想や普通を相手に押し付けて、そぐわなければ変人扱い。古倉さんの周りにいる人と私がやっていることはほとんど変わらない。
ここで一旦、白羽の話に戻る。彼は自分の人生を踏みにじる「普通」の人たちに憤りながら、「普通」の人たちと似たような価値観でもって恵子をなじっている。そこが白羽の腹立たしいところの一つなのだが、一方で私も、自分のプライベートに無遠慮に踏み込んだ輩に怒りを感じながら、友人に自分の恋愛観を押し付けている。
多分、誰にだって似たような経験がある。白羽という人物は、私(読者)の鏡のようなキャラクターなのではないだろうか。誰だって、私だってこの男と自分が同じだとは思いたくないけれど、実際に同じことをしている。
女性の読者は物語を読みながら、「女性という存在」として白羽に裁かれ、不快感を感じ彼を批判する。「人に干渉されて嫌がっているくせに、自分だって女性に攻撃しているじゃないか」と思う。でも、私たちも白羽に攻撃されながら、きっと他人に干渉している。
そうかもしれない。私たちは自分を普通だと思っていて、他人の普通じゃないところを見つけては「裁判」しているのかもしれない。
本作にそういう意図があるかはわからないけれど、「あなたもそうですよ」と言われているような気がして、はっとする。そしてぞっとする。
こういうギミックを物語に組み込めるのは、すごい。書きながら、今打ちひしがれている。
話は変わるが、私は恵子のことをまったく理解できないとは思わない。死んだ小鳥を焼き鳥にして食べようと言ったり、喧嘩している男の子をスコップで殴って止めたり、そういうことに関して言っているわけではない。「コンビニで働いて、世の中の正常な『部品』となれることに安心感を感じる」という部分に関してである。
要するに、コンビニでは決められた仕事さえしていればよく、「自分」が必要ないから恵子は安心するのだろう。どんな性格でもいいし、恋人がいてもいなくても、正社員でもアルバイトでも、何歳でもいい。求められるのは「店員である」ということで、そうであれば中身も他の属性もどうだっていい。
私は恵子のその気持ちがわかる気がする。今私はパートをしているのだけど、同じ職場の人たちとは業務上必要な会話しかしない。ほとんど誰も私の私生活に干渉しないし、私も彼らに干渉しない。指示されたことだけやっていればいい。誰かの顔色を伺って何者かを演じる必要もなく、「こう言われたらこう反応した方がいいかな」などと考える必要もほとんどない。ただ店の部品になっていればいい。それが楽だ。
恵子に親近感があるから、彼女に干渉する人たちや白羽に対して怒りが湧いたのかもしれない。そう考えると恵子もまた、私の鏡であったかもしれない。
私は芥川賞受賞作品の不穏な感じが好きだ。想像の余地が多いのもいい。毎回気付きと感動がある。読みながら精神的に削られている感じはすごくするけれど、それでも好きだ。これからも細々と読んでいきたいと思っている。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?