見出し画像

第3回:台風でもわかる兵站の重要性

令和6年8月31日21時の台風進路予想

 前回の記事でも台風10号に触れましたが、気付いたら台風は勢力を弱めて南の海上へ離脱していきました。「お、なんだかんだ言っても大丈夫そうやな」と思っていたところ、予報円を見てびっくりしました。なんで戻ってくるんだよ!!!!そのまま消えてくれよ!!!!どうやら紀伊半島沖で水蒸気を補給して勢力を回復したのちに中部地方への再上陸を企図しているようです。こいつ……できる!

↓ 前回の記事はこちら ↓ 

 ということで、台風から学ぶ「アセット」。今回は兵站について語っていこうと思います。


なぜ台風は上陸したら弱まるの?

 関東の皆さん、太平洋からダイレクトアタックしてくる台風以外で、関東まで非常に強い勢力を保ったままやってくる台風って意外と少ないですよね?日本に来る台風の進路は、日本列島の南で吹く偏東風と日本列島上空で吹く偏西風、そして太平洋上と大陸側の高気圧の影響を受けるため、そのほとんどが下図のように日本列島に左フックを入れる形になります。

2000年から2007年までの日本に上陸した台風の軌跡
(引用元:https://dil.bosai.go.jp/workshop/03kouza_yosoku/02yuuin_fig02_05.html)

 その結果、台風はおおむね以下の進路をたどることとなります。
1.九州、四国又は紀伊半島に上陸
2.四国・瀬戸内海を通って近畿に進入
3.中部地方又は関東地方へ進入
4.中部地方に進入した場合は日本海に抜けて消滅。関東地方に進入した場合は三陸沖辺りで消滅

 さて、台風とは強力な低気圧であり、その原動力が暖かい海水から生じる水蒸気と上昇気流であることは中学校の理科で習いましたね。つまり台風は、雲の主成分である水蒸気と水蒸気を凝固点まで持ち上げる上昇気流が途絶えてしまったら、残りの上昇気流を作るエネルギーと進路上のわずかな水蒸気だけで動き続けなければならなくなります。もちろんこんな状態が長続きすることはなく、台風は徐々に積乱雲を作れなくなっていき、最終的には台風を維持できなくなり消滅します。そのため、台風がいくつもの陸地を乗り越えて関東に着いた頃には、台風自体がすでにその勢力を維持できなくなっていることが多いわけです。
 台風が自然からのエネルギー補給がなければ消滅してしまうように、軍隊もまた任務遂行に必要な能力を維持できなければたちまち崩壊してしまいます。これが第1回の記事でいうところの「継戦能力」です。第1回で述べたとおり、主宰は継戦能力を「アセットの打たれ強さ」という意味の「受動的継戦能力」と「アセットが作戦を続けられる能力」という意味の「能動的継戦能力」と分けています。これは前者が相手の行為によって強制的に試される能力であるのに対し、後者は任務続行か撤退かを判断する際に基準となる能力であるためです。このうち「受動的継戦能力」については、相手の行為を操作することはできないため、発生する被害を予防・局限したり、修理復旧にかかる時間を短くしたり、冗長性を持たせたりといったユニット単位の技術的レベルの話となります。本記事では、1つのヴィークルや部隊といった「ユニット単位」の話にとどまらず複数のユニットを運用した「部隊」に焦点を当てているため、ここでは深く取り扱いません。一方で「能動的継戦能力」については、補給量と消費量を自分でコントロールすることがある程度可能であり、当然補給が絡んでくる以上はユニット単位で完結するものでもありません。そこで今回は「能動的継戦能力」について深く語っていこうと思います。

鬼の居ぬ間に洗濯

 再びアセットの影響範囲の図を思い出してみましょう。ここでいう「影響範囲」とは、単位時間当たりの移動時間とアセットの交戦距離を重ねたものです。詳細は第1回の記事をご覧ください。

↓ 第1回の記事はこちら ↓

では、影響範囲の図を出します。はいドンッ!

左から陸海空軍の「影響範囲」を示した図

 相変わらず一番右の空軍アセットの影響範囲は圧倒的ですね。しかしこの数値は単位時間当たりの進出距離を理論値で表しているため、実際の航続距離は何ら考慮されていません。アセットの航続距離は能動的継戦能力の決定要素の一つですので、今回は航続距離と航続距離を延伸する補給の難易度に着目していきます。ではさっそく以下の想定に基づいて影響範囲を改めて考えてみましょう。

各アセットの能動的継戦能力の比較

 ここで空軍アセットについてのみ「戦闘行動半径」を採用しています。陸海軍は任務中や装備品を満載した状態でも普段の航続距離とそれほど大きな差はありませんが、空軍アセットは装備を満載した戦闘行動時の航続距離が巡航性能を追求したフェリー飛行時の3分の1にまで低下します。今回はあくまでも「アセット」としての比較であることからフェリー飛行時の航続距離を見てもあまり意味はないと考え、空軍については戦闘行動半径で比較することとしました。
 第1回での速度と交戦距離を加味すると、影響範囲はこのようになります。

航続距離を加味した陸海空それぞれのアセットの影響範囲

 これは理論値ですが、皆さんこう思いませんでした?

海軍アセットの影響範囲広すぎない?
空軍アセットの影響範囲狭すぎない?

 海軍アセットがこれだけの航続距離を誇る理由は簡単です。船は水の上に浮かぶからです。現代でも海運が国際貿易の中心であるように、重量物を搭載して長距離移動することに関して船舶に勝る交通手段は存在しません。軍艦が戦闘機と同じジェットエンジン(ガスタービン)を複数機搭載していながら圧倒的な航続距離を発揮できる理由はまさにそこにあります。浮力を味方にできる軍艦の燃料搭載量は軍用車両や軍用機の比ではありません。
 陸軍アセットの航続距離についてはあまり書くこともありません。強いて言えば運動戦としての機動戦(Maneuver Warfare)において、機械化部隊の航続距離は攻勢限界点の見積もりに欠かせません。しかし陸軍アセットは他の軍種に比して補給が容易であるため、適切な兵站戦を確保できている限りその航続距離は自由に伸ばすことができます。
 さて。空軍の圧倒的な機動力は確かに非常に強力です。なにしろ陸海軍アセットが数日から数週間かけてこの影響範囲をカバーするのに対し、空軍アセットはわずか1時間でカバーしきれてしまうのです。しかし、ミサイルや燃料という重量物を持って重力に逆らって浮かび、空気抵抗に逆らって音速に匹敵する高速で飛行することは、生半可な労力じゃできません。加えて空軍アセットは進み続けなければ墜落するため、陸海軍アセットのように「ある地点で停止して任務を続行する」ことが出来ません。そのため空軍アセットの燃料消費量は3軍種の中で圧倒的であり、どうしても航続距離が短くならざるを得ません。
 ではここからが本題です。空軍アセットは単位時間当たりの影響範囲が広大で強力ですが、継戦能力を考慮すると他の軍種に比して持久力に乏しいといわざるを得ません。こうした特徴を持つ空軍アセットを使って空域を制圧するにはどうすればよいでしょうか?

そうだね!反復攻撃だね!

 長時間滞在できないのであれば、まるで通勤時間の山手線のように幾度も幾度も隙間なく襲来して事実上空域に居座っているようにすればいいのです。これを実現するには2つしか方法がありません。

  1. 空域に到達可能な航空機でローテーションを組み投入する。

  2. 目標空域付近に航空基地を設営し、空軍アセットを物理的に近づける。

 1が航空機の性能で反復攻撃を可能にするのに対し、2は拠点を前進させることで反復攻撃を可能にしている違いがあります。もちろんこれはいずれか一方が採用されるわけではなく、両方とも採用する「合わせ技」の場合も多々あります。英本土を拠点とした連合国軍重爆撃機によるドイツ本土爆撃などはまさに合わせ技の典型と言えるでしょう。こうした方策により空軍アセットを連続投入するには当然それを支える兵站が重要になります。そしてこれを海上において支えるのが現代の主力艦こと航空母艦なのです。

 さて、一方の海軍アセットには別の問題があります。空軍アセットと異なり、海軍アセットの影響範囲は時間的な広がりがあるため、そもそも外洋では敵が見つからないという問題に直面します。これは人工衛星が地球軌道を覆い、AIS(自動船舶識別装置)の搭載が義務化され、レーダーが高性能化し、ひっきりなしに航空機が空を行き交う現代にあっても変わりません。ではこれを解決する方策はあるでしょうか?結論から言うと一つしかありません。索敵能力の強化。これだけです。言い換えれば、陸空軍に比べて交戦機会が乏しい海軍という問題は過去から現代にいたるまで一貫して続いているにもかかわらず、海軍は根本的に解決できていないのです。そしてこれは未来永劫課題のまま、海軍関係者を悩ませることでしょう。

まとめ

 では「アセット」についてこれまで語ってきたことを総括しようと思います。
 陸海空軍の「アセット」にはそれぞれ特徴がありました。
 陸軍アセットは、単位時間当たりの影響範囲も無補給での影響範囲も非常に限定的ですが、陸上ゆえに補給が容易であり、高い継戦能力を持っています。陸軍アセットはこの継戦能力を活かして近距離で敵と接し続け、「囲碁」のように戦線を形成します。
 海軍アセットは、それなりの機動力とそこそこ長い交戦距離によって単位時間当たりの影響範囲はある程度広いですが、それ以上に艦船の搭載能力からくる無補給での影響範囲は圧倒的に広大でした。そのため、敵との間合い管理が重要な「将棋」のようなアセットではあるものの、根本的な課題として敵との遭遇確立が非常に低いということがあげられます。このため目標を探す索敵能力が重要になります。
 空軍アセットは、圧倒的に広い単位時間当たりの影響範囲が強みですが、一方で無補給での影響範囲は非常に限定的でした。そのため、継戦能力の確保には空軍アセットを構成する航空機の航続距離を長くしてローテーションを組むか、空軍アセットの拠点を目標空域に近づける必要があります。ゆえに継続的な作戦行動においては、数日から数週間単位での無補給行動が可能な陸海軍アセットに比べると、兵站への依存度が大きいという課題があります。
 以上のような特徴を持つ各アセットですが、次回からは特に海軍について焦点を絞り、その役割や作戦行動について話していきたいと思います。

……そしてこれを書いているうちに台風が消滅していました。おまえ……反復攻撃するんじゃなかったんか……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?