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若くして、フレッド・アステアにはまる若者に特別な思いを抱いた日のこと

私は若い人間に嫉妬することはない。
なぜなら、ふたたびその頃の年齢に戻れたとしても現世の記憶のない私は、どうせまたテイタラな日々を過ごすことに決まっているから。

数年前、渋谷の映画館シネマヴェーラでフレッド・アステアの特集上映をやった際、私は3日間通った。

『FRED ASTAIRE HIS FRIENDS TALK 』SARAH CILES

その初日、劇場ロビーで年配客にまじって、そのアステア上映に関する劇場チラシを読んでいた若者がいた。
表情には幼さを残している。黒のパンツに白いだぶっとしたシャツ。モード系ファッションとでもいうのか。
時間をつぶすためというより、熱心に食い入るように見ているのが傍からもわかる。
なぜ、こんな年齢の若者が自身の祖父よりさらに前の世代、1930年代の作品に惹かれるのか。変わったやつだなと思った。

次週、二回目、私はその若者のことなどすっかり忘れていたが、その若者はやはり同じ場所で同じようにして座っていた。
もしかしたら「連日通っているのか知れんな、ヒマなやつだな」私は自分のことをさておいて心のなかで思った。

その三回目、やはり、その若者はそこにいた。
私は話しかけようかと思った。
「どう、文化村のカフェ・デ・マゴのオープン・テラスでワインでも飲みながら、アステアについて語ろうじゃないか・・・」そんなめったに口にしないセリフを用意して。

だが、なんとなくそれを躊躇しているうちに、その若者の連れの女性、彼女か、友人かが現れた。

代官山のカフェなどで働いていそうな小動物系の可愛らしい女の子だった。

まもなく、上映時間となり、観客は館内へと吸い込まれてゆく。私も後に続いた。

『FRED ASTAIRE HIS FRIENDS TALK 』SARAH CILES

私も、若いころからアステアの映画は観ている。ザッツ・エンターテイメント、RKO、MGMと。だがつぶさには観ていない。どれも、きっと、ダンスのパートナー探しで、最後は二人が結ばれる、同じストリーだろうと。

だが、この若者は、きっと私よりアステアの映画を観ている。
きっと、この特集のすべてに足を運び全作品を通して観たのだ。
何かに惹きつけられて、彼は、アステアの世界にはまった。魅了された。

その若さで、アステアその深淵たる世界を経験したこの若者は年齢を経てどんな人間になるのだろうか。
彼には、その濃密な人生を過ごす時間がこれでもかと残されている。

これを嫉妬というのだろう。私は、後からそれに気がついた。



『FRED ASTAIRE HIS FRIENDS TALK 』SARAH CILES

古書ベリッシマ (stores.jp)


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