ロッカールームで寝ただけの女

今日、ジムに行って、
ロッカールームで50分ほど寝て過ごして帰ってきた。
予想外に不完全燃焼で家に帰ることになった。

3月から週に2回、市のトレーニングジムに通っている。
回数券を買えば1回200円、民間に比べれば破格だ。
ダンベルは豊富で、マシンも一通り揃っている。

いつもは昼ごはんを食べてから向かうのだが、今日は開館早々に行ってみた。混んでいた。
ほぼ高齢のじいちゃんばあちゃんで、若い人は稀。
じいちゃんばあちゃんは1回100円だから、より気軽に来れるのだろう。
とはいえ「筋トレ」が出来ているかというと、使い方がみんなイマイチ。
高速に足や腕を動かして、やった気になっている。せいぜいストレッチになっているかどうかだ。マシンと戯れている感じ。
「やってるだけ偉い」そう思い込むようにしたいものの、お話に夢中になる人も多く、そんな人たちで占拠されているのだから、ちょっともどかしい気持ちにもなる。

私にはお決まりの流れがある。
まずはトレッドミルで6〜7分、傾斜3.5、速度5.2の状態で姿勢良く早歩きして身体を起こす。
次にストレッチエリアに行って、ストレッチポールでもも・ふくらはぎ・お尻・腰をほぐす。マットの上でももの付け根やもも裏を伸ばし、プランクをして腹圧を入れる感覚を起こす。ここまでが準備運動。
筋トレは、下半身から行う。
レッグプレス・ダンベルスクワット・ダンベルデッドリフトのどれかを行って、アブドミナルなどの腹筋メニュー、懸垂・ラットプルダウンで背中。
ダメ押しでもう一度下半身、最後に二の腕メニューで終了。
これで1時間強になる。

今日は、残念なことにトレッドミルが全て埋まっている。
ほとんどがダラダラと歩く速度のご老人。長々ゆっくり歩くだけなら外を散歩してもいいじゃないか、と毒づきたくなりながら、仕方なくトレッドミルを飛ばしてストレッチから始めることにした。

ストレッチ後、なんとかダンベルエリアで場所を確保して、ダンベルデッドリフトをすることにした。26キロのダンベルを持ってきて、もう一度もも裏を伸ばしてから気合を入れて始めた。

ただひたすらに重量を上げることに固執してはいけない。
ちゃんと筋肉に重量を乗せる感覚を大事にしなければ。
そう思って持つダンベルはいつもより重く感じた。
12回持ち上げて、インターバル。そしてもう12回。

すぐそばに、若い女性が来た。
スリムで筋肉がついていていい体型だ。
私も頑張ろう、そう思った時に突如、頭がガンガンと痛み出した。
筋トレ中に頭痛になるのは初めてのことで、うろたえた。
どうしよう、もう1セットは厳しいな、そう思いダンベルを戻す。

ちょうど空いたロータリートルソーに座り、昨日YouTubeで見たお手本を思い出しながら始める。
しかしダメだった。頭が痛すぎる。どうした。もうやめよう。
そう思い、水筒を取りに行って水を飲むも、痛みが強くてその場にしゃがんだ。
トレッドミルを飛ばしていきなり無酸素運動をしたことで、血管に負担でもかかったんだろうか。頭痛ピーク時の痛みがいきなり襲ってきたように思われる。

すぐに、スタッフのおばさんに声をかけられた。
「大丈夫ですか?少し休みましょうか、立てますか?」
ストレッチゾーンにある柔らかい椅子に座らせられ、おばさんは心配そうに話しかけてくる。
頭痛はするものの手足の痺れなどはない。暑くなってしまったかな、上脱げないよね、とうちわで仰がれる。
頭痛薬を取りにロッカールームに戻り、飲んでからしばらくそこのベンチに座っておくことにした。確かに顔がほてっている。
いつもはトレッドミル効果で無酸素運動時にもよく汗をかくのだが、今日は汗が出なかった。加えて、エアコンがまだ効いていない部屋で、マスクもして、スウェットは暑すぎたのかもしれない。

座っていると、筋トレもどきを終えたおばあちゃん達がわらわらと着替えに入ってきた。私は目を閉じて自分をうちわで仰ぎながら、ロッカールームの端で置物と化す。

おばあちゃん達は元気だ。もうあったかいわねえと大きな声でそれぞれ話し始めて、どこのヤマツツジが綺麗だとか、芍薬が綺麗だとかいう話をしていた。お互いの話を聞いているようで聞いていない、好き放題喋って雰囲気で笑っている。運動が目的というより、こうした交流が目的なのかもしれない。ゆっくりと着替えるおばあちゃん達の衣擦れの音は、声でかき消される。

声がガンガンと頭に響くのを我慢していたら、奥のおばあちゃんの一言でしんと部屋が静まり返った。
何かあったのかと思い目を開けると、6人のおばあちゃんらが私をじっと見つめている。
「ずっと座ってるもんね」「大丈夫?」口々に私に声をかけ始めた。
慌てて「ちょっとほてっちゃったみたいで」と返すとまた口々に何かを喋り始める。隣のおばあちゃんが「具合悪いのにずっと大声で喋っちゃってごめんねえ」と言う。「いえいえ、大丈夫です」

そしてそぞろに出ていくおばあちゃんらは私に一言残していく。
「無理しないでね」とか「お大事に」とか。
それから入ってきた、さっき私の隣でストレッチをしていたおばちゃんも、「スタッフ呼んでこようか?横になったらいいよ」とか、
別の小さなおばあちゃんが「こっちの柔らかいベンチに寝たらいいわよ」とか。
そして先程のスタッフが様子を見にきて、「つらそうじゃん!」と言いながら私の座っていた硬いベンチを柔らかいベンチと入れ替えて、横になるようにとタオルに包んだ保冷剤を首に当ててくれて言う。

誰もいなくなった時に、「みんないい人」 そう呟いた。
私のことなんて気にしない人たち、そう思っていたのに。
筋トレもどきで占拠するだけのじいちゃんばあちゃんなんて邪魔だよ、と思っていたけど、その人達に気にかけられてしまった。

結局そこからしばらく目を瞑って横になっていたら、頭痛は段々弱まってきた。すでに50分経っていた。途中、さっきの若い女性も着替えに来ていた。不甲斐ない、と思った。

折角来たのだから、下半身は諦めるとしてもせめてアブドミナルと懸垂はしたいなと思い靴を履き、トレーニングルームに戻る。
スタッフに保冷剤を返し礼を言うと、
「大丈夫?帰れそう?」
と言う。まだ続けたそうな私を見て、
「やるとしてもストレッチくらいしかできないよ」
ぐぬぬ。。。
「そうですね、出直します」と返して荷物をとって帰ることにした。
まだ頭痛が全回復したわけじゃないし、致し方なし。

私はいつも、他人を拒絶したくなる。
だって、私はきっと誰の目にも映っていない。
私はそんなみんなのことが嫌い。
そんな気がしていたけど、ちゃんと人の目に映っていたらしい。
気分は悪くない。気にかけてもらえるのって心地よい。

みんな、私がいること、見えているんだなあ。当たり前か。
そんなことを考えながらチャリンコに跨り、春の風を浴びながら帰路についたのでした。

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