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【凸凹考察】アクリル宝石とシンパシー

小学校1年生の頃かな
友人の友人くらいの薄い関係性の子の家に行く機会があり、その子は最近買ってもらったというおもちゃを見せてくれた。
おもちゃ自体がドレッサーだったか、お姫様になりきるティアラなどのセットだったか、宝石箱のようなものだったか朧気だけど
一緒に持っていたアメジストパープルのルースを見立てたアクリル宝石が私は欲しくて欲しくて、うちは貧乏だからこんなの買ってもらえないってずっと言っていた気がする。
思えばあれが物質的な執着の始まりだった。

艶々した石とか、何か気に入った木の実とかをカラスのように集めて、母が玄関に置いた小さな籠に溜めてうっとりしていたり
今は化粧品を見ると、それそのものではなくパウダーやシャドウが入っているパケが気になって仕方ない。
レジン工作にハマったのも、透明感やキラキラした質感に惹かれたところが大きい。

そんな時、この動画を見て

https://x.com/pawapongasd/status/1784412096018755799?s=46

エンパシーは多分今でもできてない。
シンパシーの幅が広がる中で、エンパシーに近いリアクションを覚えただけに過ぎないので、私の会話はいつも我田引水になる。

ただ、このシンパシーが物体にも発動してるんじゃないかと、輝いて整然としたオブジェクトやデザインに「惹かれる」とは、それらと同調する心地よさを感じている感覚があるのかなぁと直感的に感じた。
本を読むにも、登場人物へのエンパシーより物語の秩序とシンパシーを覚えた作品の方が多い。好きな本やアニメは、物語を読み返すよりwikiで設定を読み返すことのほうが圧倒的に多い。

シンパシーは比較的閉じた共感に思える。
一方的な同調なのでどうにも自己完結的だし、その同調から生まれる感覚を他者に伝えようとするモチベーションがあんまりない。エンパシーを必要としないってそういうことじゃないかな。

と、幼少期の記憶から考察してみた。
このことに気づいた作家さんのポストを貼って締めといたします

https://x.com/hareroom1/status/1784168341621584252?s=46

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