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三ツ村 綴のレディオ シャイニングシャドー(創作)
都内の銀行に勤める僕は、今朝も満員電車に揺られつつイヤフォンでラジオを聴く。
三ツ村「三ツ村 綴のレディオ シャイニングシャドーーーー!
ということでゲストコーナーです! 本日のゲストをお招きしましょう!
ワイドショーでもおなじみ、“一番近くの人類学者”大西京大学 教授 喜多 貴常先生です!」
喜多「はい、キタでございます!」
三ツ村「おはようございます先生! 朝早くからの生出演、どうもありがとうございます」
喜多「いえ、どうも。朝には慣れていますよ」
三ツ村「さて、早速本日のテーマについてお伺いしましょう。“下ネタ”について、キタ先生はどのようにお考えですか?」
喜多「私は命をかけて下ネタを肯定します。
言っておきますが、この命っていうのは研究者生命ではなくて、私の命そのものです。
下ネタっていうのはね、人類のね、いやあらゆる生命体のね、諸問題に根ざしておりましてね、だからこそ前提知識を必要としないんですね。誰だって食べれば排泄します。欲動すればそれなりの生命活性が現出します。体の理、生理的な現象がね、あるでしょ。ね、あなたにも」
三ツ村「はい、そうですね」
喜多「物心ついたちびっこだって分かるんです。身体で分かってる。だからね、分かり易い。下ネタは安易且つ強力無比なんですね」
三ツ村「下ネタは誰にも共通するから共感されやすい、ってことですね」
喜多「ま、そうです。人間あるある、とでもいいましょうか。ア・プリオリなんですね。いわば、下ネタは小学生なのです」
三ツ村「……そうですか、小学生ですか」
喜多「一方で下ネタっていうのはある意味においてはタブーとされていてね。TPOを弁えないと単に品性の下劣な営為でしかない、ということになりますから留意してくださいね」
三ツ村「はい。僕も芸人の端くれですから、その加減は気をつけているつもりです」
喜多「そうでした。三ツ村さんはラジオパーソナリティである前に芸人さんですもんね。釈迦に説法だったかな。
でね。生命の理路にナイフを突き立てるというかね、遺伝子の回路図に落書きをするような、命の温もりという線路に石を置くような、生命活動の自家撞着というかね。そういう悪辣な悪戯のような側面がある。社会の隠蔽圧力と個人の輝度の衝突。社会的催眠状態への陥穽。クレーターとしての革命。書きかけたラブレター。あるところのものではなくあらぬところのものとしての下ネタ……」
三ツ村「(だんだんついていけなくなってきた)確かにそうかもしれないです。
おっと、一旦CMですね。
この後も喜多先生にお話を伺います。上品な下ネタ、下品な下ネタの境界線について」
ああ、くだらないけど、CMの後が気になる。
いつまでも電車に揺られながらラジオを聴き続けていたいのだが、時間は進むし電車は最寄駅に到着する。
改札を出たあたりで止む無く耳からイヤフォンを抜き取り、そのオフィスビルのゲートをくぐる。
その無機質な建造物は、巨大な墓石のようだった。
いつもどうもありがとうございます。