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イマジナリーアックス:第七話

イラスト:カガヤケイ

▼汐理

【あきらへ

 あたしは元気だよ。……嘘。あんまり元気じゃないかな。
 まっくらさんと夏はそういう関係だったみたい。
 トラフマーの仮面をつけて撮影していたから、きっと誰にも見られなかったよ。……あたしの涙。

 夏は明るくてスレンダーだし、あたしにないものをすべて持っている。思わずまっくらさんを裁断しちゃった。

 そうそう、みぃちゃんは5歳になったよ。まあ、しおりママって読んでもらえるのは嬉しいけど、照れるっていうか、誤解されちゃうかもっていうか。

 ……あの日から“弥生やよいママ”はいつもいつも、ずっとあきらに感謝しているよ。
「みぃを、実衣奈みいなを救ってくれてありがとう」って。
「あなたのお兄様は私たちの宝物を守ってくれたのだから」って。

 あたしは、もう電車のホームにも慣れたよ。フラッシュバックで倒れるから近寄らなかったんだけどね。

 あと、トラフマーの追加シナリオが発表されたよ。正体は、ムートの初恋の女性・セシリー。謎の組織に誘拐され、幻術にかけられて重い鎧を着せられ強制的に戦う。ムートはセシリーを解放できるのか、っていうところ。

「誰も皆、何らかの仮面をつけている」っていうのは夏がよく言っていたな。性格・パーソナリティーはペルソナ、つまり仮面が語源だってね。

 さて、もうすぐ。イマジナジャパンカップです。残り期日で仕上げるね。

 今日はここまで。それではまた】 




 俺は会社に退職届を出し、『イマジナ』に明け暮れる日々を送っていた。眠っている時間以外を『イマジナ』に充当した。目的は『イマジナリーアックス』国内最大の競技会、“イマジナジャパンカップ”でオリィンと対決し、勝利すること。他のゲームへの浮気もやめて、唯一『イマジナ』だけに没頭した。ただ何となく近づく・会うってだけじゃだめなんだ。オリィンに勝つっていうところまでが縛りだ。

 この2D格闘ゲームの特徴として、キャラが多いという点が挙げられる。ゲームバランスも決して良くはない。キャラ差、つまりキャラクター間の強さの差が大きいのだ。もちろん、近年の他のゲームのように途中で調整が入りはするが。
 元々の自分の性格もあり、受動的な拠点兵長のグイレを使っていた。いわゆる待ちキャラで、相手の出方に応じた戦法を採る。その使いやすさから、メインで使用する者も多いので、研究がされ尽くされた感があるのは否めない。
 このように、人気のキャラやいわゆる強キャラについては攻略されがちだ。俺のような非プロゲーマーがプロに太刀打ちするには、何か別の策を講じなければならないだろうと考えていた。
 そこで、俺が目をつけたのは、盲僧・メンホフだ。最弱と評されて久しく、使用者人口は極端に少ない。プロゲーマー界隈でも、使用者は見当たらない。
 彼の弱点は挙げればきりがないが、最大のウィークポイントは、「ガード失敗」なる効果だ。通常技、必殺技問わず、64分の1の確率で相手の攻撃をガードできないのである。
 しかし、俺は発見してしまった。メンホフの必殺技『蟷螂の斧』を放った後、数秒間(おそらく6秒間)はガード失敗が発生しないことを。この技は、飛び道具ではあるものの判定の小ささや出の遅さ、そして、その射程距離の短さゆえ使えない技の筆頭に挙げられるが、それは早計であり、この効果を得るための布石なのだった。
 彼の強みは、ガード破壊技が多数用意されている点だ。他のキャラにもその使い手はいるが、彼を超えるものはいない。

 それにしても『蟷螂の斧』って何だろうな。検索して意味を調べる。

“弱者が強者に刃向かうこと。カマキリが前脚を振り上げる様。”

 なるほど。盲人のメンホフは謙虚だから、あえて自虐的な技名にしたのだろうが、俺にとってはしっくりくる。相手はおそらく全員プロ。まるで自分のためにあるような技じゃないか。

 オンライン審査を通過した64名が、オフラインでの対戦を繰り広げる。会場は、eスポーツのメッカ、臨海大展示場。
 何とかその64人の枠に滑り込んだ俺は、電車で会場へと向かった。隣には、元会社の後輩、氷野がいる。

氷野「それにしても、メンホフでよくやりますよね。あのメンホフ使うことそのものが縛りプレイみたいなもんですよ」
奏太「あはは。確かに。だからこそ俺が使うことになったのかもな」
氷野「プロゲーマーのハルトンボを蹴落として64人入りですから、現時点で凄すぎませんか」
奏太「ハルトンボはまあ、メインゲームが違うからいいんじゃない。彼は『イモアサ(イモータル・アサシン)』が主戦場だから」
氷野「まあそうですけど。それにしても、松倉さん、目つきが違いますね」
奏太「あー。ゲームのやりすぎってやつか」
氷野「いやそういうことじゃなくて。何かエナジーありますね。目に力が宿ってるっていうか」
奏太「『見えるものにだけとらわれていないか? 暗闇は悪いことではないのだよ』ってメンホフも言うだろ?」
氷野「ん? 会話になってます? (ゲームのやりすぎで、人とコミュニケーションできなくなってない?)」



 会場には多くの観客・ゲームファンが詰めかけていた。一般客のみならず、世界各国の報道関係者も目立つ。
 正面には映画館をゆうに超える程の特大スクリーンが設置されている。ここで、ムート、トラフマー、スナフロン、ゲルト、グイレ、ミルヒ、ベラ、ジョルジュ、チョウカク、ノイマーン、そして、メンホフらの猛者が大暴れすることになる。

氷野「では、ソータさん、がんばってください!」
 氷野はあえて俺のことをエントリーネームで呼んだ。俺は手を振り、独り出場者ブースへと向かった。

――ゲームに没頭していたのは、現実からの逃避だったのか。
――自分が今この世に存在していることの意義は。
――小五の俺に声をかけてくれたあの“お兄さん”は見てくれるだろうか。
――俺にとって須波さんは、オリィンは……
 ブースへと続く廊下を進む間、そんなことが脳裏をよぎった。

(つづく)

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