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小説:狐016「ファン」(638文字)

「まぁそんなことはどうでもいいけど」
 絵刀飛地(漫画家としての名)ことエロウさん(この『狐』での呼称)は渡された自著にマジックペンでさらさらっとサインを書きつつ喋る。
「よくここにいるってわかったねー。それに女だってことも知ってたね?」
「はいあのえーとワタシ絵刀先生の作品ずっとずっと好きで好き過ぎて先生のことネットで調べまくったりしてまして……」
 極端に早口だ。その高揚感が伝わってくる。
「すごいね、あなた。ほとんどウェブに情報出してないはずだけど」
 スミさんが声をひそめ私にだけ聞こえるように語る。
「この間さあ、リスティーさんの作った『狐』の常連リストが『狼』に漏れたかもしんないって話し、したよな。そのせいもあるんじゃねぇか?」
 私はゆっくりと頷く。

「それにしても、コミコングのすぐ下ってこんなお店なんですね。私たちよく上には行ってましたので」ともう一人の白いベレー帽の女性が口を開く。赤メガネの人よりも穏和で落ち着いている。
「そうなのよー。意外だよね。
 あと、聞きたいのはさ、あたしの描くのは男性向けなんだけど、読めるの」
「はいこういうのを読むのが趣味なんです。あの、セクシャリティとしては普通に女性だと思ってるんですけどね」と赤メガネを両手で整えつつ。
「うんうん。女性に読んでもらえるのは嬉しいね。そもそもアタシも一番最初の読者なんだよね。作者っていうのは常に誰よりも先にそれを読むことになる」

 そんな中、扉の開く音がした。
「ぅいらっしゃっ」とマスターの挨拶が響いた。

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