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小説:狐019「マニさんの述懐」(706文字)

「……小学生の頃、いじめられていた、と思います。身体が弱くて、運動もまるでダメ。足も遅すぎる……
 おまけに、人前では緊張して言いたいことも言えない、そういう少年でした」
 今のマニさんからは想像出来ない。
「そんなとき、『地球一周エクストリームクイズ』っていうテレビ番組を見たんです。知っていますか? バブル期の特番です。密かに復活を祈っているわけですが、このご時世、難しいようですね。
 知識自慢の猛者たちが己の知力で、南北アメリカ大陸を、アフリカを、ユーラシアを、旅していくんです。ええ、クイズをしながらです。各チェックポイントで脱落者が出ます。そして最後まで勝ち残った二人がニューヨークで早押し対決をし、チャンピオンを決める。
 少年マニは思いました。これこそ自分の道だと。これなら自分をいじめた連中にも勝てるぞと。幸いモノを覚えることに苦手意識はありませんでした。足の遅さや、運動能力とは別の世界に行くことができました。いわゆる暗記科目なら負けたことはありませんでした……」
 マニさんの述懐が続く。

 エロウさんは、おそらくこの辺りのことが語られることを想定して、さっきのような質問をしたのだと思えた。各々が持つ感情の源泉のようなもの、それを捉えたかったのだろうか。
 私特有の癖かもしれない。その人の過去やコア、信念を知ってしまうと勝手に好感を抱いてしまう。“知識をひけらかす鼻につく奴”、そんな風にマニさんを見ていたのだが……
 とは言うものの、その後もマニさんのスタンス自体は変わることはなく、“鼻につく奴”であり続けた。それでいいと思うし、マニさん自身もそれを受け入れて振る舞っている。本当にそれでいいと思う。

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