小説:剣と盾(588文字)
戦士はまた敗北を知った。両手持ちの大剣を背中の鞘に収めた彼は、コロシアムを後にした。身体を引きずるようにして。
寄り添ってきた女が「おつかれさま」と声をかける。彼は黙ったままだ。
しばらく歩き続ける2人。道に沿う草木は俯いていた。
やがて彼は語り始める。
「セテムブリーニとナフタの戦い。それを目指している」
「ん? 何のこと? 誰のこと?」
「『魔の山』だよ。俺は小説をあまり読まないが、あれだけは心に響いた」
「読んだことないかな? どんな話?」
「あらすじを説明できるような頭を持っていない。だがな、あの戦いはよかった。忘れることができようか」
彼は噛み締めるように言葉を繋いだ。
あくる日のコロシアムにて。
彼は大剣を相手に振り下ろす。重装戦士は大盾で受け止めた。
剣と盾がぶつかりあったその瞬間、その両方とも、剣も盾も粉々に砕け散った。そこまで脆いものなのか。粉塵が舞い上がる。煙幕が二人を包み込む。
その浮遊する金属微粒子を思い切り吸い込んだ2人は意識を失った。同時に倒れ込む。
彼らはやがて目覚める。
思い立ったようにノートとペンを持ち歩くようになった。何かを書き付ける日々が始まる。
鎧の男は、情理の尽くされた読み手の理解に資する文章を生み出している。
大剣の男は、破綻した、意味をなさない言葉の塊を生み出している。
コロシアムでは、今日もまた誰かと誰かが戦いを演じている。
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