言葉の色
また今日も、
嘘を吐いてしまった。
赤い赤い嘘。
そう、血のように赤い「真っ赤な嘘」だ。
「……加奈ちゃん、来年には新しい恋が始まっていますよ」
「えー、ホント?」
「はい、本当です……ほら、カードが暗示しているのは……」
僕は、占いを仕事にしている。
「あれ?“ラバーズ”が逆位置ですけど」
「はは……これはね、“実現する未来”を現すんです。……由梨ちゃん、タロットに詳しいね。でも、僕は正統派とは違う方法を勉強しててね」
「ふーん……」
嘘だ。
僕は、タロットなんて、
占いなんて、
“出来ない”んだ。
「来年の……水着になる季節には、別れた元カレ以上の恋人が、出来るよ」
目の前に赤いレースカーテンが降りたような感じがする。
「良かったね、加奈。来年には恋人出来るって」
「うん……ありがとう由梨」
僕の占いブースにやってきたOL2人組。
“失恋した友人、加奈に、いつ新しい恋人ができる”かを占ってもらいにきた彼女たちは、相談料30分6千円を払って出て行った。
失恋した加奈ちゃんより、付き添いで来た由梨ちゃんの方が喋っていた。
まあ、女子2人組だとだいたいそんなものだ。
2人して延々と喋られるかより、まだいい。
「てか、あの占い師ヤバくない?」
これ見よがしに声が聞こえる。
マズい。
嘘がバレたか?
由梨って子、タロットに詳しかったしな。
「うん……カッコイイ……かも」
「でしょでしょ?みんなあの占い師ヤバいって……」
声が離れていく。
僕はホッとして、そしてにやけた。
立ち去る2人の言葉に、“色は付いていなかった”から。
駅ビルの地階にある、通称「占い通り」に、僕のブースがある。
入り口の一番近くで、
“元ホストの占い師”
“テレビで有名な”
“日本タロット協会会員”
“ヨーロッパタロットソサエティ推薦”
などの看板で客足はまずまずだ。
しかし、
僕は、占いなど、勉強をしたことがない。
タロット占いは、たまたまブックオフで買った中古で、解説書を読んだだけだ。
あとは、“元ホスト”が示す通り、“見た目”と“話術”で占いをしている。
他の宣伝文句“日本タロット協会会員”やら“ヨーロッパタロットソサエティ推薦”は、全くのデタラメ。
テレビに出たのは本当。
でも、某大物芸能人の逆鱗に触れ、仕事を“干された”。
その後、ラジオのパーソナリティやAV男優や色々やって、
今はこの「占い通り」にブースを構えている。
「ふう」
メンソールのタバコに火を付け、溜め息と一緒に煙を吐く。
レースカーテンのように目の前に揺らめく赤い色の幕が、ゆっくりと晴れていく。
伊達メガネを外して、目をこすった。
ホスト時代に貰った自動巻き腕時計を見る。
午後10時をまわっていた。
そろそろ店閉まいしようと考えていると、ブースの入り口の硝子に人影が映った。
グレーのスーツの男性のようだった。
マジックミラーで、外からは磨り硝子のようだが、店内からは店先に立つ人物がはっきりと判る。
「……こいつで今日は終わりにすっか」
占いに頼る男性は大抵サラリーマンで、悩みは“仕事関係”か“不倫や浮気”が多いというのを同業者から聞いていた。
“ハングドマン”か“タワー”で脅して終わろう。
僕はタロットに細工をすると、「どうぞ」と声をかけた。
入ってきた男はくたびれたスーツで、男自身もくたびれた感じだった。
オドオドと周りを見て、外を一度眺めた。
「ドアを閉めて下さい」
僕が言うと、男は驚いたようにドアを閉める。
「あ、あの……」
「どうぞ腰掛けて。楽になさって下さい」
僕が椅子を勧めると、男は息を呑んでから椅子に座った。
「あの……」
「こんばんは、初めまして。占い師の龍です」
僕は自己紹介とともに、名刺を渡す。
男が灰皿をチラリと見たので、僕は何気ない動作で灰皿を下に置いた。
テーブルの下から男の足元を覗くと、汚いすり減った靴が見えた。
「営業職かな?金は持って無さそうだ。妻子が居るにしても、奥さんからは見放されてるか」
スーツと靴からだいたいの予想を付けた。
奥さんがいたとして、男に関心があるなら、くたびれたスーツや汚い靴は身に付けさせないだろう。
こんな時間まで働いて帰っても、夕飯の仕度もしてないんだろうなと、僕は想像した。
「僕はタロットカードで占いをしますが、初めに名前と生年月日を聞くようにしています。教えて頂けますか」
顔に笑顔を貼り付けながら、占いの基本を口にする。
悩み事の前に情報を集める。
「生年月日は……昭和45年……」
名前の前に生年月日を言った。
“2つの質問のうちの最後の質問から答え出すなら、
その人物は自分に自信がない現れだ。”
ブースを構えてから占いについて色々教えてくれた古参の占い師の言葉をなぞる。
店に入ってきた挙動と、この質問で、自分に自信が持てない性格だと、確定した。
「5分で終わるな」
相談料30分で6000円が、“5分”で6000円。
長々とこのくたびれた男と話す気は無かった。
「名前は……鈴木……」
男の頭の辺りからオレンジ色がゆっくり降りてきた。
「鈴木……敦、です」
降りてきた色が赤に変わる。
「鈴木さん……」
「はい」
男が目を伏せる。
「ダメですよ。嘘は」
「!……」
男が驚いて顔を上げる。
「占いと言っても、偽名を使われてしまうと、正確な占いは出来ません。下の名前、偽名ですね?」
男は目を大きく見開き、口をパクパクと動かした。
「本当の名前をお願いします」
僕は、人の吐く嘘に、“色”が付いて見える。
メガネを外して、ケースから布を取り出して、曇りを拭った。
「す、すみません」
男は、鈴木雄二ですと言い直した。
「では、雄二さん……」
僕はファーストネームで語りかける。
“下の名前で話しかけて、親密性を現すと、友人に話し掛けるように、何でも話してくれる。占いに必要な「情報」をね”
これも古参の占い師からの受け売りだ。
「悩み事や心配事を心で念じて下さい」
僕はタロットカードを適当にシャッフルして、テーブルの上で更にかき混ぜた。
「あの……聞かないんですか?」
「何を?」
男が僕の言葉にびくりとする。
「あの……私の悩みは何なのか……を」
僕は混ぜ合わせたカードをまとめて、山にすると、2つに分けた。
「聞きませんよ。雄二さんの悩みは、このカードに全て暗示されます」
僕はその2つの山に両手を重ねた。
「雄二さんから見て右側は未来の暗示。雄二さんから見て左側は、それを打開する方法の暗示です」
僕は男の顔を真っ直ぐに見た。
若い女性相手だと話をしながら情報を集め、その人が欲しがる情報をカードで現す方法を取るが、
僕は最も簡単で短時間勝負の“クローズド”で暗示したカードを男に解読させる方法を取った。
「僕がタロットを混ぜ合わせていた間、雄二さんが強く念じた結果が、今から開示するカードに暗示されています」
念が強ければ強いほど、カードは正確な未来とその打開策が暗示されます。
僕の目の前には色は落ちて来ない。
僕は嘘は言っていない。
カードを読み解くのはあなたですよと、真実を告げているだけだからだ。
ただし、
“未来”には“タワー”のタロット、
“打開策”は“ハングドマン”のタロットを仕込んだ。
悩み事がなんであれ、“未来”には災厄が暗示され、“打開策”は足掻いても無駄という暗示だ。
「さあ、開示しますよ」
僕は男が肩を落として6千円を払う姿を想像しながら、山から手を放した。
ゴクリと男が息を呑む。
「右側は“未来”の暗示……“タワー”です」
「い、意味は?」
僕は災厄を現す事を告げた。
「雄二さんの悩み事は、大変深刻です。最悪な事が起きる暗示です」
「“最悪な”……」
男の顔が青ざめた。
「雄二さん……その最悪な事を打開する方法を見てみましょう」
僕は男の蒼白な顔を見て、ちょっと可哀相になり、カードを“スター”にでも変えようかと迷った。
「あの……大丈夫です」
男の言葉で僕はカードを変えるのを止めた。
「雄二さん……打開策は、“ハングドマン”です」
「はあ……そうですか」
男はうなだれた。
「“打つ手なし”……ですか」
男が苦しげに呟く。
「雄二さん……残念な結果ですが、そのようです。雄二さんのその悩み事は大変深刻な事態を迎えているようですね……僕から言える事は、“手を引く”或いは“諦めるように”としか言えませんね」
僕は勝手に、男の悩み事を離婚だと決め付けて言葉を伝えた。
“離婚しても多額の慰謝料を請求されますよ。我慢して下さいね”
そういう意味を込めて男に伝えた。
「ありがとう……ございます。龍也さん……その言葉、色が無いことが救いです」
「雄二さん……」
何故か僕は、男の手を握っていた。
「あ、6千円でしたね」
男はポケットからクシャクシャの紙幣を出して、頭を何度も下げながら、ブースを出て行った。
男を見送ると、僕はタバコに火を付けた。
僕は男が置いていった名刺、「占い師龍」の文字を見た。
「本名の龍也なんてどこにも書いてないんだけどな」
それに、“ハングドマン”の意味を知っていた。というより、僕の考えを読んだのだろう。
おまけに、“その言葉に色が無いのが救いです”か。
言葉に色が見えるのは、僕だけじゃなかった。
そう理解した僕は、占い師廃業を決めた。
了
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?