箱庭ダンス 第一章「物語の始まり」その1


第一章 物語の始まり その1

1.

雲の上まで伸びるビル群に囲まれたこの場所は、今となっちゃここにしか無い“自然”ってものがある。

この街は確かに超高層ビルがあり、空中を走るハイウェイがあり、(空飛ぶ車はまだまだ夢物語だ)太陽光と核融合で膨大なエネルギーが産み出され、ロボットの労働力により人は働かなくて良くなった。“過去”からしたら“理想郷”なんだろうが、100エーカーの街の外は“砂漠”だ。

この“星”の大半が“砂漠”になっちまった今、国なんてもんはとうの昔に無くなって、“超高層ビルの街”がひとつの国みたいになって、何千キロ毎に点々とあるらしい。オレ達が住んでいるのもそんな街のひとつだ。

“超高層ビルの街”は数あるが、その中でも、この街が他の街と大きく違うのが、“自然”だ。

街の中央にある“自然保護区”にある樹や植物は“ホンモノ”だ。他の街のは遺伝子操作した“ニセモノ”で、この街のは“過去”から発掘したれっきとしたこの星の“自然”だ。唯一無二ってやつだ。

街の名は皆知らない。ただ、“city”と呼んでいる。他の街には行けなくなってもう“一世紀”になるらしい。それで、この街に住む者は自分の街と他の街を比較しなくなった。

だから、この街は“city”だけで通じた。

 オレのお気に入りの場所のこの“自然保護区”も単に皆“森”って呼んでいる。

100エーカーの街の半分の50エーカーの広さのある森全体を外の“汚染”から保護するために、ドームで包んで、天候を操作して“枯れない”ようにしている。

時間通りに雨が降り、同じくドーム越しに太陽光を浴びせる時間も決められている。

オレは時計を見た。

もうすぐ“雨時間”だ。




時間通りに雨が降り(当たり前だが)、アキムは“ゴミ拾い”を止め、ドームの天井を見上げた。人工的なドームを支える格子状の構造から雨が降っている。

化学的に作られた“人工水”ではない。地下2000mから汲み上げる“地下水”は空気中や地表の“汚染”を全く受けていない。アキムがこうして身体に浴びてもなんら問題はなかった。

勿論、アキムにも“汚染”による身体への影響は少なからずあったが、それでも“通常の人”より見た目は過去の人間と大差はない。
“機械”も入れていない。
フツーの19才の男だ。

今時の人間にしては珍しかった。

身体機能を補佐したり強化する“機械化”の時代は、はるか昔の話で、今はちょっとしたファッションで“機械化”をするのが普通だ。

アキムは“汚染”の影響の右の額にある突起を掻いた。綺麗な円錐形の突起は、“異物”を入れた訳ではなく、アキムの“先天性”のものだった。

この時代の人間は皆“汚染”で身体に何かしら影響が出ていた。
三つ目や手足の指が多い者や3mを超える長身の者。逆に成人しても身長30cmにも満たない者(殆どが頭で身体はオマケみたいなもの。だいたいは生命維持の為に“機械化”している)や頭が2つあるなど普通の方で、手足が多い蜘蛛みたいな者や、髪を意識して動かせたり、肌が金色なんかの者もいる。

それが“先天性”なのかファッションなのかは見分けはつかない。そんな身体の者と身体を“機械化”した者が混在して生活をしている。

それが、“city”だ。

2.
アキムは雨で顔を洗う。1日数回決まった時間に降る雨がアキムのシャワーの時間でもあった。

仕事で汚れた手や汗を雨で流す。ロボットが仕事を全部請け負う今、人間の仕事はほぼ無い。
だから、アキムのやっている仕事はロボットに出来ない“非合法”の仕事だ。

完全に監視された街と違い、“森”は保護区であると同時に“監視されていない”場所だった。

だから、“非合法”の仕事が出来る。

アキムは足元の“ゴミ”から流れる血を眺めた。自然の土に染み込んでいく血の出所は、さっき“処理”されたばかりの人間だ。

アキムは別の“処理”された人間の側にしゃがむと、また“ゴミ拾い”を始めた。金になる部分をナイフや金づちとノミを使ってほじくりだす。腕や脚の機械化した“義体”はノコギリを使う。
アキムは“処理”された“ゴミ”から金になる部分(脳チップなんかは金になりやすい)を拾う“ゴミ拾い”が仕事だ。

“処理”された“ゴミ”は、“掃除人”がこの“森”に捨てていったものだ。街では何らかの理由で誰かの恨みを買うと、だいたいは“掃除人”に“処理”される。

 わかりやすく言うなら、街で誰か(マフィアかヤクザ)を怒らせたり恨みを買ったりすると殺し屋に殺される。殺しはこの“森”で行われて、そのまま捨てられる。50エーカーの広大すぎる“森”は死体を埋めなくても死体はそのまま自然に還っていく。

アキムはそんな身元もわからない死体から金になる部分を抜き取ったり、切り取ったりする“ゴミ拾い”の仕事をしている。別名“ハイエナ”だ。

アキムは肩から提げたショルダーバッグに、ノミと金づちで頭蓋骨を割ってほじくりだした脳チップや指でほじくりだした義眼やノコギリで切り取った左手の義手なんかを入れた。
まだ降っている雨で両手を洗い流すと、着古されたレインコートの襟を立てた。

3.
アキムは雨の中をバッグを抱えてゆっくりと“森”の出口に向かって歩いた。
地図がなくても“森”の出入口がわかるくらいここに通っているアキムは、人が通る“遊歩道”は通らない。独自のルートがあった。

いつものようにそのルートを通ると、見慣れないモノを見た。

モノというより、それは人だった。

“遊歩道”を通らない人は殆どいない。
ルートから外れることはこの“森”では死を意味する。
地図があるとはいえ、“森”は街のように整備された区画などなく、あの角を曲がるとコンビニがあるなど目印になるものなどない。
だから、道に迷うのは容易いことだ。

“遊歩道”を通らない人間がいるとすれば、それは“ゴミ”を“処理”する“掃除人”くらいだ。
運悪く“処理”前後の“掃除人”に出会ったりしたら、一緒に“処理”されることなど、街でチンピラに金品をせびられたり、シティマン(大昔はホームレスなどと言われていた)に出会うのと確率は同じくらいだ。

アキムは一際太い楢の樹に身を隠した。“ハイエナ”業をしているが、獲物を仕留めようとしている“ライオン”、つまりは“掃除人”には会いたくはない。

息を潜めて樹の陰から様子を伺う。辺りはまだ明るい。時計を見るとPM5時を少し過ぎたばかりだ。

雨時間が終わり、ドームには虹が懸かっている。

「こんな時間に“掃除人”が来るのは珍しいな」

アキムは頭にあるゴーグルを下げると、倍率を上げて人影を見た。

 望遠レンズで見えたその人影は、女だった。

年齢はわからない。ただ子供じゃなく、年寄りでもない。

20代~40代の女のように見えた。

時代遅れのピンクのヒラヒラした服で立っている。

あんな服は“映像”でしか観たことがない、かなりのヴィンテージだ。

「なにしてんだ?」

アキムは真っ当な考えを口にした。

自然保護区に用事がある奴など散歩か“処理”かそれとも自分のような“ハイエナ”しかいない。

しかし、女はただ空を見上げて立っているだけだった。

佇まいが慣れていて、何度もこうして“森”に来ているのだろうとは予想がついた。

ただ立っているだけなのに、“自然”と同化し、それでいて人の目を引く“何か”を感じた。

アキムはその場を立ち去ることも出来たが、何となくその“何か”を知りたくて樹の陰から様子を伺っていた。

時間がゆっくり過ぎていき、街の外の灼熱の太陽が砂漠の地平線に消える時間になった。

つ……

女が動いた。

右手をゆっくり上に上げる。

つ……

同じように左手も上げる。

アキムは息を飲んだ。ただ、両手を上に上げるだけの動作にこんなに意識を取られたことなどない。

棚からモノを取る。
タクシーを呼ぶ。
欠伸をして身体を伸ばす。

そんなくらいしか手を上げることなどないと思っていたが、アキムはその動作に色んな意味があると理解した。

“わたしを”

“どこかへ連れていって”

女の両手は、そんな意思を現しているようにアキムには感じ取れた。

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